俺は静かな丘で冬の風にふかれていた

寒い…

誰か一般人がいたならば俺の正気を疑うだろう

風の吹き荒れる今はそれぐらい寒いのだ

だが…俺の心はそれ以上に冷えていた

真琴が消えてからはや一年

長いようで短く、そして…動いたように感じられない時の流れ

しかしながら事実として過ぎた時間は俺の中に何かを刻み、
徐々にその傷跡を増やしていく

 

『大丈夫? 祐一…』

名雪は心配してくれている

いつも…いつも

秋子さんはさらに鋭い人だ

『忘れる事で前を向けることがあるのよ…?』

そんな声をたびたび向けてくれる

優しく…暖かく

『相沢さん…約束してくれたのではなかったのですか?』

天野は俺を責めるように、でも自分の前例があるからと言葉を少なくしているのだろう

 

みんな…言葉は違えど俺を励まそうとしているのがわかる

わかる…けども

「…真琴…」

街はクリスマスの騒々しさに包まれているのだろう

それには無縁のここにはそれは感じられないが…

物音に振り返ると、雪が木々の間から落ちたのが見えた

俺は…それでも立ち続ける

丘のくぼみに…理由もなしに…

いや、理由はあるのかもしれない

聖夜の奇跡に…真琴が…

そんなことをどこかで考えていたのかもしれない

体が冷えるように、心も冷えていく

真琴はもういない、目の前で消えた事実がそれを裏付ける

日が暮れ始め、丘の静かさに今まで以上に拍車がかかる

俺もさすがに森のほうへと歩を進めた

 

 

息は白い

まるではいてすぐに凍りつきそうだ

暗闇は俺の視線を全て飲み込む

雪だけがうっすらと白く浮かび上がり、
木々はそれに黒い穴をあけているようにそびえる

やがてぽっかりとあけた空間に出た

(獣たちの集会場にでもなるのだろうか?)

そんな思考が寒さで鈍い頭に浮かぶ

「真琴…疲れた…よ」

この一年、日常の中に真琴がいないことを実感するたびに
俺は心にたとえようのない寂しさと、傷を増やしていった

徐々に…徐々に

それは日常での俺の生きる意味を消していった

このまま何も考えずにすごせたら…

そう思っても名雪や秋子さん、天野らのことがやはり気にかかり、
その一歩は踏み出せない

ぼんやりとまとまらない思考のままでその空間を眺める俺の視界に光が混じる

最初は小さな…ビーズぐらいの光

「…なんだ…?」

かすかな物音を携え、それは徐々に大きくなっていく

気が付けば夜行性の動物達が空間を見つめるように木々の間に鎮座していた

そして…光は人の形を取った

「…まこ・・・と?」

「祐一…」

小さな呟きとともに光の人型は真琴となって光を消した

冷えておぼつかない足取りで俺は歩み寄る

「…う…く…」

恥も外聞もなく、俺はその真琴を抱き寄せ、泣き崩れた

なぜか真琴の体は冷たくも、暖かくもなかったが
俺がそれに気がつくことは最後までなかった

「祐一…少しだけ戻ってきちゃった…」

「真琴…よかった……少し?」

一度は安心した俺だが、真琴のつぶやきに顔を上げる

「うん…少しだけ…この夜…聖夜の夜だけ…」

「…夜が明けたら?」

俺は聞きたくない答えを返す問いを問うしかなかった

「あぅー…」

真琴は答えに困り、懐かしい声でうつむく

俺はそんな真琴を強く抱きしめる

「…もう…連れて行ってくれ」

「だめ…それは…」

真琴は俺の声を強く否定した

昔では考えられない心の強さをこめて…

「…もう、耐えられない…俺には真琴を忘れて生きる器用さも、
絶望して自殺したりする無責任さも無かった…。
ただ…日常で傷つきながら時間を過ごすだけ…」

つぶやきが白く空に消える

「そんな日常に何の意味があるんだろうな?
もしかしたら忘れられるかもしれない、他に大切な人ができるかもしれない、
最初はそう考えた…でも、できそうにない…忘れられないから…」

真琴は何も言わずに俺の言葉を聞いている

きゅっと…背中を抱きしめていた真琴がつかむ

「…ごめん」

ただ一言、俺に謝罪の言葉を伝えた

「真琴は…悪くない…俺が弱いんだ…」

「あぅー…祐一ぃ…」

そっと向かい合って交わしたキスは…暖かかった

温度の無い他と違ってそこだけは…真琴の暖かさがあった

「真琴と…一緒に…いたかった…」

俺は本心を静かにつぶやいた

それが真琴を悲しませる言葉だとわかっていても…

足もとをつつかれるような感覚

見れば、昔の真琴のような姿をした小さな狐から、
成体になった狐、そして他の動物達

「おまえ達が真琴を戻してくれたのか…?」

今此処に真琴がいられるのは彼らのおかげなのだろう

「覚悟があるか…? だって…」

「覚悟…?」

真琴が涙ぐむ目を俺に向けてそう言った

「うん…一緒に永い長い時間…転生を待つ場に消える覚悟はあるのか?って…」

「ある」

一瞬でその意味を悟った俺は即答していた

「あぅー…ずっと出口の無い場所で、わかるのは真琴や、
他にも消えた妖狐の子達がいるだけの場所…なんだよ?」

「真琴がいないなら…どこの日常も意味が無い…」

「祐一…」

真琴は嬉しそうな、困ったような顔をして、俺に抱きついてきた

そして…狐達の甲高い鳴き声が耳に響く中、俺の意識は薄れていった

 

 

森には彼のしていたマフラーだけが残り、後は静かな空間だけが残った

 

帰ってこない祐一を名雪と秋子、そして天野は探したが見つからないままに時は過ぎていく

関係者がその現実を受け入れ始めたのはそれからずいぶん年月が経った後だった

 

 

 

 

〜同街、某病院〜

一室に並ぶ産まれたばかりの赤ん坊達

隣り合う赤ん坊の両親が互いに笑顔で挨拶を交わす

そのとき、片方の女の赤ちゃんが隣へと手を伸ばす

「あぅ〜…」

そして、伸ばされた手を男の赤ちゃんはしっかりと握り締めた

まるで約束しあった恋人同士が出会ったときのように…

女の子の名は…そして男の子の名は…

 

 

終わり

 

あとがき

浮かぶままに書き連ねる事一時間少し、
最初はそのまま消えるだけ、というよりも
雪の中祐一は冷たく伏す…とかだったんですけどねえ(ぉ

こんなのもたまには書きたいのですよ、はい(苦笑

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