「ほーら、祐一。もう覚悟しようよ?」

試練は何時だって唐突だった。

名雪のあきらめた表情を見て俺はそう思ったのだった。

 

 

−後悔とはまさしく後からくるもの

誕生日クリスマス抱き合わせ戦法(違

なゆきっしゅ

 

事の起こりは冬休みに入ってすぐ。

いよいよ最終学年での生活もあとわずかとなった重要な時期である。

だからといってどうしたというのだろう。

少々勉強に関して焦りにも似た感情がやってくるだけで、
そうそう日常とは変化が無いものである。

人間の最大の敵は退屈と誰かが言っていた。

そう、何もすることが無いというのはそれだけで苦痛である。

勉強…がそのやることに積極的にあがってこないのが
学生という身分での面白いところではある。

などと考えていると横を歩いていた名雪が足を止めた。

まもなく商店街であるはずの道で、だ。

そう、せっかく休みなのだからと普段ゆっくり歩けない商店街を歩こうというということになった。

俺としては雪の見事にわずかだが降る中を歩きたくは無かったのだが、
名雪にお願いされてしまったのでしぶしぶ承知したのだ。

(もしかして俺は惚れた相手にはとことん弱いのだろうか?)

恋人になる前はこんな態度では無かったような気がする

「祐一?」

「? ああ、すまん。ぼうっとしていた」

余計なことを考えていたせいでせっかく足を止めたのに言葉をかけることもできなかった。

「で、足を止めてどうしたんだ? 猫でもいたのか?」

名雪がこの季節に外で寂しそうにしている猫を見つけた日には・・・

「違うよ。ほら」

名雪が俺の袖を引っ張り、向ける先にはよくよく見ればクリスマス一色の商店街が待ち構えていた。

「ああ、イルミネーション、ってところか」

「うん。綺麗だよねー」

特に興味があるわけでもない俺だが、素直に名雪の言葉に頷いた。

雪の降る中に光るさまざまなイルミネーションに飾られた商店街は確かに綺麗だったからだ。

「ねえ、ここでこうして歩いてたら恋人みたいに見えるかな?」

名雪がそんなことをいいながら腕を組んできた。

「みたい、じゃない。もう恋人だ」

「わっ、堂々と恥ずかしいことを言ってるよ」

事実だ、と言い切ろうとしたが名雪があまりにも恥ずかしそうにしているのでやめにしておいた。

どうやらまだ慣れていない様である。

もう半年以上立っているというのにな…。

「だから、ほらっ」

「わっ…うん」

ここまで照れられると俺自身も恥ずかしくなってきたので、
思い切って名雪をしっかり抱き寄せてやる。

周囲にもちらほらとカップルらしき二人組みが多くいる。

あっという間にクリスマス。一足早いが問題は無いだろう。

「じゃあ何をする?」

「んー、歩きながら決めようよ」

頷き、光の道へと足を踏み入れた。

 

「わー…綺麗だよう…サンタさんだ〜」

「子供みたいにはしゃぐなよ、こっちが恥ずかしいぞ」

「だって、こんなに綺麗なんだよ?」

歩くたびに店頭のイルミネーションに足を止め、その輝きに目を奪われる名雪。

しかも声を気にしていないものだから、外で呼び込みをしている店員から
通りかかる人たちまでもが時折名雪と俺を見て笑っている。

まあ、いい意味での笑みだとわかるからなんとか俺も耐えているのだが。

「ほら、いつまでもそうしてると雪が積もるぞ?」

少し髪に降り積もった雪を払ってやる。

どうやら強くなってきたようだった。

「名雪、雪が強くなってきたみたいだがどうする?
早めに帰るかそれとも止むのを待つのを覚悟でまだいるか」

「うーん、せっかくだしもうひとつぐらい見てからにするよ。あそこ」

指差すのは周囲と比べてもまた一段とイルミネーションの精巧な店だった。

光の性でどんな店かは俺には分からない。
名雪はわかっているようだが…。

−カランカラン

「いらっしゃいませー」

「あったかいね…」

店員の声に答えたわけではないだろうが、
名雪がそんな風に言う。

確かにこの時期、外と店内の暖房との温度差はほっとするものがある。

と、周囲を見渡して俺は愕然とする。

どう見てもアクセサリーショップだった。
しかもちょっと高め。

俺は色々な思惑を抱えたまま動揺を隠せなかった。

「おい、名雪?」

「祐一は待っててよ。わたしは奥の方を見てくるよ」

名雪が言う先には見る限りでは学生などでも購入できそうな
宣伝文句が並んでいる。お目当てはあちららしい。

奥のほうに名雪が消えたのを確認して、俺はこっそりとカウンターに近寄る。

(これはチャンスだ。上手くいけば…)

「すいません。相談したいことが…」

ずっとその場にいた店員は全て承知、というような笑みを浮かべて俺に頭を下げてきた。

さすがにこの時期にこのパターンはそうだよな。

「あの…」

「クリスマスですよね?」

やはり、こう来たか。

「いえ、半分はそうなんですが、ちょっと違うんですよ」

俺がそう言うと店員は怪訝な顔をした。
そこで俺は名雪に聞こえないように顔を近づけ、静かにそのことを伝えたのだった。

そして…

「なるほど。ちょうどありますよ、そういうの。こちらです」

薦められた先にあったものは、説明を聞く限りどんぴしゃだった。

「すごいな。さすが競争社会。本当にあるんですね」

俺もこのままであるとは思わなかったのだが…。

「本来は気分を変えたいときとかに使うんですよ」

「なるほど…お、値段も手ごろですね」

値札に並ぶ数字の桁は俺が用意している許容範囲に十分収まるものだった。

「見た目は高級そうに整えてますけど、ここは学生メインなんですよ。
さすがにここにあるのはちょっと勇気が要りますけどね」

言われて見渡すと、確かに並んでいる価格は想像よりはるかに低価格だ。
今いるカウンターのショーケースにあるものはそれらより高いが…それでも安い。

名雪が消えた先には今も複数の学生が騒いでいる。

「あ、とりあえずお願いします。もしかして文字彫れます?」

「ええ、ばっちりです。いかがします?」

そして俺は思わぬところで目標を達成したのだった。

(これでどこに行くのか、と怪しまれずにすむ…)

幸いにも名雪の品選びは長引き、
俺は代金を払い、さらに品物二つをコートに隠すことも出来た。

「祐一は何も買わなかったの?」

「男が買ってどうするんだよ。着飾れとでも言うのか?」

店員がこっそり笑うのを視界に収めながら俺はあっさりと答える。

「う〜。そうだけど…」

名雪はどこか不満そうだ。
その理由がわかるだけに、俺は少しだけ罪悪感を覚えた。

しかしそれもそのうち解消されることである。

二人そろって店を出ると、雪の大きさは大きくなったが、
降って来る速度は随分緩やかだった。

「これなら帰れるな、行くか」

「うんっ!」

答える名雪の前に立ち、俺は先に歩き出す。

目標に向かって…

 

 

 

「ねえ祐一。まだ何か用事があるの?」

「ん、どうしてだ?」

俺は振り返らずに名雪に言う。

「だって、家と方向が違うもん」

「そうか、さすがに名雪でもわかるか」

俺はからかうように言ってやる。

「む〜、馬鹿にしてる? 祐一よりこの街はわたしのほうが…」

「知ってる、だろ? わかってるって。いいからついてこいよ」

少し不安そうな名雪を引っ張りながら、俺は何時もとは違う方向へ出て行く。

商店街の反対側へと…。

そして、名雪が足を止めた。

「うわぁーー……」

感嘆の声、そして俺もこっそり声が出なかった。

景色と、それに目を輝かせる名雪の横顔にしばし見とれていた。

「あ、ごめんね祐一。つい…」

「いや、いいさ。俺だって足を止めちゃうしな」

二人の前にあるのは、今年から始めたと噂を聞いた商店街の天然のもみの木によるツリー。

なにやらヘリだったかでどこからか運んできたそうだ。

それが先のほうまでしっかりと飾り付けされている。

これなら街のどこからでも見えるだろう。

「名雪、話がある」

「え?」

振り向いた名雪を俺はそのまま正面から抱き寄せる。

「ちょっ…恥ずかしいよ」

周囲には人の目がある。文字通り視線の的だ。

「去年は祝えなかったからな。ほら」

そして俺は右ポケットからソレを取り出し、名雪に渡す。

「? あ…」

抱きしめられたまま、少々窮屈そうだが名雪は器用にそれを受け取り、そして固まる。

「プレ…ゼント?」

「ああ、それ以外の何物でもない。ハッピーバースデー、名雪」

俺がキザっぽくそう言ってやると名雪はちょっとだけ笑いながら、そして微笑んだ。

「何も言わないから覚えてないのかと思ったんだよ?」

そう言いながら、俺の渡したブレスレットを腕にはめる。

ピンク色の人口石。本当なら天然石を買ってやりたいのだが、
さすがに学生の身分では手が届きにくい。

そんな俺の悩みを読み取ったのか、名雪が顔を向けてこういってきた。

「ありがとう祐一。何よりその心が嬉しいよ」

と、ここまで言ったところで名雪は急にそわそわしだした。

「ん、どうした? …げっ」

俺がうめくのもムリは無いはずだ。

気がつけば結構な人だかりが出来ていた。

勿論、多くはツリーを見に来て俺たちを発見したというパターンだろう。

…失敗したかな、ここを選んだのは。

「あー…どうする?」

周囲からは乗りのいい野次も飛んでくる。

ここでそのまま帰っては男がすた…るのだろうか。

名雪は周囲を見渡し、そして視線を戻してこう言った。

「ほーら、祐一。もう覚悟しようよ?」

名雪は半分楽しそうに、半分あきらめた表情で俺の同意を求めてきた。

「…ああ」

俺も覚悟を決め、すっと顔を動かす。

一部が息を呑み、一部がはやし立てる中、俺と名雪は聖なるツリーの下で
誓いとも約束とも取れる口付けをしっかりと交わしたのだった。

いつのまにか雪はやみ、イルミネーションだけではなく、
月明かりも街を照らしていた。

名雪と俺は離れ、周囲の祝福を受けながら家路への道を歩む。

「それで祐一。クリスマスイブはこれでまとめてなの?」

余裕が出てきたのか、名雪がそんなことを言ってきた。

「ふ…俺を舐めるな。手を出してみろ」

「?」

首をかしげながらも名雪は先ほどのブレスレットをつけた腕を差し出してくる。

俺は左のポケットからソレを取り出してそのままはめてやる。

「え? あ…そうなってるんだ?」

最初と比べれば感動の無い声、でも顔は嬉しそうだった。

俺がはめたのは先ほどの石の部分を囲むようにはめ込めるシルバーの枠

こちらの枠には俺が頼んだ文字が刻まれている。

名雪は嬉しそうにブレスレットを眺め、視線を変えるうちにそれに気がついたようだった。

「秋子さんに話そうと思う。勿論できるのは卒業してからになるけど…」

言葉の途中で名雪が抱きついてくる。

慌てて抱きかかえるが、足を滑らせてぼすっと雪に倒れこんだ。

「祐一っ、祐一っ!」

「わかったから、泣くなよ。それに背中が冷たいって」

泣きついてくる名雪をなだめながら、俺は立ち上がる。

「だって…だって…急にこんな嬉しいこと…」

「まあ、セットで悪いと思うけどな」

俺は気まずそうに首の後ろをかきながら言い訳をする。

自分が少々情けない。

「ううん、ううん。十分だよっ! 大切なのはっ…グスっ」

「大丈夫か?」

「込められた想い、よね?」

背中に突然思いもしない声がかけられた。

「お、お母さん!?」

「秋子さん、何時の間に」

よく見れば水瀬家とそうはなれていない路上だ、もしかして聞こえたのだろうか?

「少し心配になって表に出てきたのよ。
ほら名雪、拭きなさい?」

渡されるハンカチで名雪は涙を拭き、気分も落ち着けたようだ。

「あの…秋子さん」

「了承。と言いたい所だけどちゃんと後で聞かせてくださいね♪」

「は、はいっ!」

このときばかりは秋子さんの笑顔も、何か凄みというか真剣さにあふれており、
俺は思わず敬礼しそうになりながら返事を返すのだった。

 

この街で初めての聖夜が俺の目の前にやってくる。

 

 

 

終わり。


あっとがきー

 

短いっ!…けど言いたいことは言えました。

甘さが足りない!…のは全て腕の無さです。

もっと甘くして欲しいというご意見はいつでもお待ちしています。

砂糖漬けになったぞ!などという感想にはお答えできません(ぇー

 

それでは!

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