「おなかすいた・・・」

「ぐはっ、またか」

裾を引っ張る感触に半ば覚悟しつつも俺はそうつぶやかざるを得なかった

足を止め、ツインテールなちびっこに視線を合わせるようにしゃがみこむ

 

 

 

〜祐一子育て奮闘記〜

 

事の起こりはあの冬の終わりからだった

当然ながら消えた真琴は代償という現実の前に返ってくることは無かった

少なくとも、俺はその時そう思い、絶望したのだ

名雪や北川、何よりも何かと親をごまかして居候を続けさせてくれた秋子さんには感謝し足りない

俺としてもこんな状態で親と上手く過ごせる自信が無かったのは確かだった

そして雪が溶け、天野も俺も日常を思い出せるようになったある日だった

「相沢さん。野生動物が人間の匂いが染み付いた我が子を受け入れない、という話は知ってますか?」

天野が突然そんなことを放課後に言って来たのを覚えている

「ああ。たまにTVや何かで助けた後、群れに合流できるかが問題だ、とかやってるな。それで?」

別に交際をしているわけではないが、何かと天野と一緒になる事が多いことを意識しながら俺は話を促す

「いえ・・・あの子は無事に帰れたのかなと・・・」

「・・・」

春も近くなった暖かな風が二人を静かに揺らす

二人とも真琴が死んだ、とは思っていない。
消えて・・・戻った。そう思うようにしているのだった

現実逃避だという見方もある

それでも・・・人はそれを認められるほど速く大人には簡単にはなれないのだ

「どうだろうな? 肉まんが無い!って困らせてるかもしれない」

「そうですね。元気だといいです」

苦笑しながら言う天野に俺は自分もやっと日常に意識が向けれるようになったことを実感していた

そんなときだった

「あ、カラス・・・え?」

天野の驚きの声に上を向けば・・・何っ!?

カラスだけでなく、鳩やら見覚えのある奴ない奴、とにかく10羽近い鳥が何かを抱えて飛んでいた

唖然と(どうやら気がついてるのは俺たちだけらしい)しているとその何かがいきなり落ちてきた。
ぱっと見、何かの籠のような・・・って

「どわっ!?」

俺は慌ててそれをキャッチすべく腕を伸ばす

どすっと重み、そして確かな手ごたえ

「なんだ・・・? ってどこか行くし・・・」

鳥達は見上げると四方に好き勝手に飛び散っていった

「相沢さん、何が落ちてきたんですか? ・・・は?」

「何をそんな面白い顔を・・・へ?」

明らかにゆりかごのようなその中にいたのは
白い和服ですやすやと眠る幼女な真琴に違いなかったのだ

慌てて俺と天野は一番相談しやすいであろう秋子さんに会いに水瀬家へと直行した

なお、秋子さんの第一声は「あら、学生結婚かしら?」だった・・・冗談きついです

その後色々あった結果、どうやら真琴なのは間違いが無く(偶然にしちゃできすぎだ)
大体3,4歳前後であろうということがわかった

これで赤ん坊だったら見分けがつかないところだったが・・・いいことなのか?

当然ながらどうするのかで困ったが、秋子さんの助けを借りながら様子を見ることにした

名前は・・・まあ元のままでいいだろ

 

「そして俺の初めての子育てが始まったというわけである」

「ゆういち、だれにいってるの?」

「いや、気にするな」

俺はソフトクリームから口を離した真琴に答える

そう、とりあえず真琴なのは確かだった

全部ではないが覚えてることもあるようで、その点は嬉しいことだった

問題は・・・

「ほら、こぼれてるぞ」

ポケットから用意しておいたハンカチで口元をたれはじめたアイスを拭く

「あぅー・・」

完全にお子様化していることであった

言動も幼くなった分素直になってる部分もあるので違う意味で可愛いのかもしれない

喋りも舌足らずな感じだし発音も全部ひらがなな感じだし・・・って何を言うよ、俺

「あうー、ゆういちもたべる?」

「うむ」

差し出されたからには食べないわけにはいかないだろう

「あぅーっ、いっぱいたべたぁ・・・」

「そ、そーか?」

俺からすれば普通の一口だが・・・どうやら真琴の感覚ではいっぱいだったらしい

「うぐっ、えぐっ・・・ゆういちがいっぱいたべたぁ・・・」

「ぐはっ・・・ええと・・・ほら、もう一つ買うから、な?」

ちなみに場所は商店街。当然人目も・・・うぐぅ

「あぅー・・・そんなこといってまたまことをたべるつもりでしょー! あぅっ!?」

ぐはっ−のソフトクリーム−、が足りない足りないっ!!

俺は心でそう叫びつつ真琴を手早く抱えてその場を逃げ出した

周囲の誰もがそう理解するとは限らないが念のためだ

どういう理解だって? それは・・・まあ・・・

「ゆういちぃ、べとべとするぅ」

「え? あ、すまんすまん」

気がつけば水瀬家のそばまで走ってきてしまっていた

そのため真琴の顔にソフトクリームがずいぶんとついてしまったようだ

「あぅー・・・」

「ぐはっ」

真琴が自分の手で白いアイスらをすくってなめて・・・って

「いかんいかん・・・欲求不満か?」

俺は悲しくなりながらそうつぶやく

正直、それどころじゃなかったが実際問題そうなので、自然現象だと自分をごまかしてみる

「あう?」

「ん、なんでもないぞ。一回帰るか」

「うん♪」

時々天邪鬼なのは相変わらずのようだが結構素直な部分が多い

やっぱりどこか違うのは帰ってきた理由にでもあるのだろうか・・・

そんなことではなく、単純に子供なだけのような気もするが・・・

「あは・・・あったかい♪」

「あんまり動くなよ、歩きにくいからな」

手をつなぐ予定ではあったが、背丈の都合で真琴を右手で抱きかかえる事になった

片手での抱っこだと思ってもらえればいい

首筋にかかる真琴のツインテールがこそばゆい

「ほら、高いだろ?」

「うん・・・ゆういちとおなじせかい・・・」

妙に嬉しそうに、少し寂しそうに、見た目にあわない表情で真琴が目を細める

「そうか・・・」

見た目と言動はその通りに小さくなったが、やはり真琴は真琴のようで、
たまにこうして真琴がちゃんと戻ってきたとだと感じるのだった

ほんのり幸せな気分を味わいながら水瀬家の玄関をくぐる

 

 

 

 

 

「・・・犯罪者だよ」

「帰ってきて一言目がそれか?」

ジトメでみるとさすがに名雪もひるんだように視線を揺らす

「うー、だってだって・・・とにかく犯罪だよう・・・」

名雪の言いたいことはなんとなくわかる、わかるが認めるわけにもいかないところもある

幼稚園児クラスを連れ歩く高校生など後ろ指候補である

じゃあ二人で歩かなければ、とまずは思うところだが・・・
そうなればこの歳にして夫妻だと思われかねないと思うのだ・・・

「なゆきおねーちゃんないてる?」

「お姉ちゃん・・・? わたしが・・・お姉ちゃん?」

思ってもいなかったのだろう。名雪が確かめるように言う

どうやら追撃は免れたらしい

狙ってるのか天然なのか、下手に知識が残ってる分、真琴の言動は悩むところがある

・・・まあ、多くは相応の天然なのだが

「あらあらにぎやかね。お帰りなさい祐一さん、真琴」

秋子さんの声に考えを中断する

「ただいま・・・でいいんですよね」

「ええ、もちろん」

「ゆういち?」

俺と秋子さんのやり取りに真琴が袖を引っ張るが俺はどう答えるか決めていなかった

「ほら、真琴もただいまだ」

「あぅ♪ ただいま〜」

そうして真琴を誘導するのが俺の罪悪感の証なのだろうか

いくら落ち込んでいたとはいえ、秋子さんにガキのように反発した
苦い想い出が事実としてあったのだから・・・

今にして思えば秋子さんなりに俺との微妙な距離を測っていたのだろうが、
俺は秋子さんの予想を越えて過敏に反発してしまったというわけだ

もっとも今は真琴を失った後のような混乱は俺には無く、
心の中に恥ずかしい姿を見せてしまった羞恥のような感情が残るだけである

秋子さんに言わせればそれすらも家族としての想い出らしい

まったく頭が上がらない

俺ができるお返しは秋子さんが笑顔で過ごせるように
普段どおりに家族として接することぐらいなのだろう

「晩御飯まで時間がありますから待っててくださいね」

「真琴と適当に過ごしてますよ」

「ゆういちー、ごほんよんで」

真琴が俺の服の裾を引っ張り物欲しそうに指をくわえる

・・・くぅっ

(はっ!?)

名雪の視線から逃げるようにして真琴を抱えて階段を上がる

「うー・・・」

(・・・すまんな名雪。俺は抜け出せそうに無い)

一人どこかに一歩を踏み出した俺であった

 

 

 

 

 

「すー・・・」

「読み始め5分で寝るか? 普通…」

ため息をつきながら本を閉じる

ベッドに腰掛け、横にいた真琴はだんだんと
姿勢を崩したと思えばついに俺の足を枕に寝てしまった

結局ほとんど読むことの無かった本を脇に置き、深く息を吐いた

今までのこと、これからのこと

もう学校も最終学年であるし、この前両親とも改めて話し合った

秋子さんと名雪にも正面から話し合った

名雪はずいぶんと引き止めたがっていたが、
秋子さんの説得、そして俺自身の決意を受け入れてくれた

とはいえこの街から立ち去ることにはならないようだった

「今度は長期でこっちに…か。
親父もあちこち大変だよな…」

一人つぶやき、以前の家を売りに出して
偶然か必然か、この土地へと転勤となった両親と新しい家で住むことになる

-ぼすっ-

そのまま後ろに倒れこみ、ベッドに身を沈める

「?」

「起こしたか?」

顔を上げずに声だけかける

「うん…こえがきこえたから…」

真琴は一度起こした体をまだ眠いのか胸に倒れこむようにして伏せた

長い髪がお腹や胸をくすぐり、
真琴の小さな口から吐かれる息が俺を熱くする

それから何をするでもなく時間が過ぎる

時計の音と呼吸だけの空間

 

「なあ真琴。名雪と離れるのは嫌か?
まあ離れるといっても毎日一緒じゃないってだけで遊びには来れるんだが」

「ゆういちがいっしょならいい…じゃないといや」

きゅっと伏せたまま真琴が俺の上着をつかんだ

「そうか。そうだな…」

俺も頷きながら真琴の頭を撫でる

ふと既視感のような感覚が襲う

真琴と俺が静かに過ごした二人だけの部屋

ごそごそと真琴が動き出し、俺の上にまたがるようになっていく

「どうした?」

「…どこにもいかない?」

俺は真琴の目を見ると口を開けなくなった

この目だけは消えてしまう前と変わらない

俺が求めた瞳

「行かないし行かせない。約束だ」

真琴がんっと体を押し出し、俺もそれを受け入れるようにして
両手で真琴を抱える

小さい真琴とのちょっと背徳的な感じのキスが俺の決意をさらに強くする

いつまでそうしていたのだろうか、そろそろ夕飯だろうか

そんな曖昧な感覚の中で真琴の口から離れようと手に力を込め…

「祐一ー、ご飯だよ〜」

-ガチャ-

「…」

「…」

「…犯罪者だよ」

-バタン-

「…行くか」

「あぅー…」

名雪に何を言われるか少々頭が痛いが真琴を引き連れて部屋を出る

 

結局なんだか色々と言われてしまった

 

 

それからの俺と真琴は日々がめまぐるしく過ぎていった

 

「あら、もう孫?」

「違うわっ!」

両親への説明、というかごまかし

 

「相沢、校門でお前を待ってる園児っぽい子がいるぞ、娘か?」

「いや、違う」

「まさかっ、お前ロリ、ぐふぁっ!?」

ある意味事実だけに否定しようの無いことをいう北川を殴り飛ばし

 

「さて、次はどこに行く?」

「ヒソヒソ…ほら、あの子たちが例の歳の差カップルよ」

「ヒソヒソ…へー」

「…買うもの買ってさっさと買えるか」

「えー、肉まん欲しー」

ちょっと成長した真琴との街での噂に耐えつつ

 

 

「なんか疲れるな」

「あぅーっ、嫌?」

ずいぶんと大きく、それでも小学生レベルだがに成長した真琴
(前の大きさにかなり早く迫ってきている)
が腕を組みながら俺を見上げる

「いや、別にいいだろ。嬉しい疲れさ」

言って遠くを、あの丘を見る

何はともあれ真琴が育つ頃には30代目の前を覚悟していただけに
今の俺は複雑な感動に身を包むのであった

 

 

終わり


 

あとがき

 

何も言わずに1話完結ということにしてください(謎涙

育ったならどうするのか?

…まあ言わずとも(ぉぉぉ

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