『捨てられた』
そのことが心の奥にも染みて来たとき、男の子は視界にいなかった
寂しいという感情も、一緒ににいたいという感情も…全部、一緒だった
やり場のない感情は男の子への怒りの感情となって続いていく
でも…もう一度…会えたら…
それは何年も前に彼女が抱えた感情…
〜もう一度会えたら〜
−祐一の部屋−
時計の音がひどく響く
自分でもそれが気のせいだとわかっていても…気になってしまう
現実感があるのはただ、今握る真琴の手のぬくもり
ともすれば何もできない自分への無力感に崩れそうになる心を、
握る手はか弱く…でもしっかりと握り締めてくる真琴が支えてくれる
時にはいたずらを介して怒ったり、怒られたり…
時には…喧嘩して…傷付け合って…
今思えばすべては真琴なりの俺への感情の向け方だったのだろう
ただ俺が…それを正しく受け止められなかっただけ…
悔しさに胸がいっぱいになる
気が付かないうちに大切なものを失いかけていたのだから
もしももう一度戻れたのなら、たくさん愛してやりたい
そんな気持ちがぐるぐる回る
握る手が、伝わるぬくもりが−もっと一緒に−と訴えているようでたまらない
真琴は、近いうちに消えてしまうと現状が示してしまっている
後悔はあとからするから…と当たり前のことが重くのしかかる
出会ったとき、野良猫のように道のすみに丸まっていたときから
真琴のカウントダウンはすでに始まっていたのだ
記憶と、そして命を糧に真琴は何を伝え、何をしたかったのだろうか
答えは真琴にしかわからない
消える瞬間まで、俺にはそばに、一緒にいることしか…それしかできない
(…もしも…もしももう一度会えたら…)
あたしは毛布に包まりながらそんなことを考えていた
誰に、いつ振りに会うのかなんてわからない
でも…どうしても会いたいと思う人がいた
何を言うというのだろう、何をするというのだろう
いくつもの感情が混ざり合ってそれはわからない
「わからないけど、会いたい」
口に出すと決意は固まったように思えた
道端を行く人にあたしの声にならない叫びは聞こえないだろう
でも…それを聞いてくれる人がいるとも思う
「あ・・・」
視界に入った一人の少年
あたしの中で何かが叫んだ
−この人だ−
と
湧き出た感情は…喜び? 怒り?
こっそりついていった先にある家
あの人はここに住んでいるのだろう
あたしはどこに住んでいたのかも覚えていない
比較的雪も無く、日のあたる場所にしゃがみこむ
(寒い…寒いよ…)
容赦の無い冷気はあたしを冷やしていく
でも、そんな時にふと気が付くのは誰かのぬくもり
いつか感じたらしいとても安心できる暖かさ
ガチャ
音がして、家からあの人が出てきた
またこっそりと後をつけていく
今の感情をどう言うのかはわからない
でも…
−もう一度会えた−
あたしの中の何かは叫んでいた
だから…あたしは彼の前に立つ
…何かを伝えたくて…
時にはいたずらをして怒られた
時にはぴろのことで喧嘩をした
時には…一緒にくっついて寝た
祐一が真琴と一緒にいてくれるというだけで…
だんだんと暖かさでいっぱいになっていった
自分が暖かさに包まれるほど怖くなる
自分は、真琴は誰なのか
どうして祐一に会いたかったのか
どうして…何も覚えていないのか
でも、祐一にはあまりそれは言わない
言えば、心配させてしまうから
祐一と美汐が話してるのを見つけた
叫んで驚かしてみようとそっと近づいて聞いてしまった
真琴が…真琴が誰か、って
「あ・・・」
慌てて見つからないように自分の部屋に走った
(そう…真琴は…)
こぼれる水のようにどこからか感情が、思い出が、流れてくる
代償が戻ってしまえば対価も戻っていく
(忘れたく…無いっ! まだ…まだっ)
−伝えたいことがあるのにっ!−
ぎゅっと服を胸元でつかみ、心の中で叫ぶ
強い想いが故に真琴はまだ残っているのだと天野は言っていた
人間の姿は保ちながら、でも言葉は失ってしまった真琴
真琴のつぶやいた望みをかなえるために俺は真琴を連れて丘に行く
「真琴は、何が伝えたかったんだ?」
「…」
返事は無く、真琴は俺を見上げるだけ…
「…真琴は…」
「っ!?」
ふわっと…真琴の頭に耳が出、スカートの隙間からしっぽが現れ、真琴は言葉をつむいだ
「もう一度会いたかったの…」
きゅっと俺の手を握って…声を真琴は搾り出す
人の姿を減らしてまで何かを伝えたいのだと気が付いた
「時には傷つけあって、時には暖めあって…ずっとそばにいてほしいと思って…でも、離れ離れになって…
もしも、もう一度あなたに会えたなら言いたいことがあった…」
真琴の目はもう見えていないに違いない
どこかを見るように真琴の顔が上がる
「たった…一言…祐一?」
「ん・・・」
真琴が手探りで体の向きを変え、俺に正面から抱きつくようになる
「祐一、大好きだから…『ありがとう』」
真琴はそっと俺にキスをして、そのまま俺を抱きしめた
俺も、強く、俺はそばにいると真琴に伝えるために抱き返す
…そして、真琴は…消えた
俺の中に忘れられない想いを残して
−数ヵ月後−
「俺はさ…伝えたいんだ」
日差しの中、丘への道を二人で歩く
「何をですか?」
天野は伝えたい相手が誰か言わなくてもわかってくれている
「…ありがとう、ってさ…」
「…そうですか」
天野は答えて快晴の空を見上げる
「ああ。俺に会いに来てくれて、俺を愛してくれて…ありがとう、って。
そしてこうも言いたいんだよ…。お帰りって」
日差しをたっぷり受け、生い茂り始めた草を踏みしめ、俺は言う
「…愛して『くれて』?」
「…そのとき聞かなきゃわからないだろ?」
天野は大きく目を見開いてあふれそうになる涙を手のひらでぬぐっている
そして俺は背後へと声を返す
「じゃあ…伝えてよ。祐一」
そっと、俺を背後から抱きしめるぬくもり
「ああ、これからも、愛していく。ずっとそばにいる」
「うん、うんっ!」
背中が熱い雫で湿っていく
「…ありがとう、真琴。そして…お帰り」
「ただいま、祐一」
向き合って、小柄なままの真琴を抱きしめる
ありがとうと伝えたい相手…
もう一度会って伝えたい相手…
思い出を大切にしたい相手は…俺の目の前に戻ってきた
あとがき
いろいろありまして、不調もPC不調も重なるという最悪の事態(==
というわけで一回書いてみたかったシーンを入れてSSです。