ハードボイルド

それは男なら一度は憧れる世界

「それなのにお前がいるのは世界観の崩壊だ!」

「うぐぅ、無茶苦茶だよう」

もっともなツッコミだった

 

神代さんとのキャスティングチェンジに挑戦SS

〜うぐぅであちちなお豆屋さん〜

 

「おや、あゆちゃん知り合いかい?」

カウンターの裏にある豆の詰まった瓶を持って顔を見せたのはきっとこの店のマスターだろう

鎖つきめがねに渋い髭、これこそ…

「いえ、絶対確実の他人です」

「うぐぅ、さらっとひどいこと言ってるよう」

うぐうぐ泣きそうになるあゆの姿に店のお客の反応は大方二種類に分かれた

孫娘を見るかのように和む人、そしてせっかくの雰囲気を、と少々苦笑気味の人

それもそのはず、ここはカウンターとわずかなテーブル、
それ以外は座る場所の無い自家焙煎のコーヒーショップだからだ

コーヒーといえばブラック、ブラックといえば探偵

探偵といえばハードボイルド

どこからか思い込みだという指摘も来そうだがそう外れてはいないだろう

聞こえるのは時計と湯の音だけ…

憧れの空間

「うう…無視しないでよう」

「ったく…なんであゆがここにいるんだ? バイトか?」

ささやかな空想を邪魔され若干不機嫌に答える

「うんっ。秋子さんに紹介してもらったんだよ」

「ああ、水瀬君とは古い付き合いでね」

あゆの言葉をマスターが受けて答える

(秋子さんなら街の人全員と古い付き合いでも驚かないぞ…)

などと俺が思ったとしても罪は無いだろう

「これを三番さんに」

「うぐぅ? あ、はーい」

あゆはマスターからカップを受け取るとトレイに乗せて落ち着いて運んでいった

正直俺はあゆがドジばかりしてるものだと思ったが、
この動きを見る限り随分と予想と違うようだ

「ふふ…あゆちゃんは人気者だよ。ほら、若い女の子のウェイトレスはつきものだろう?」

何もかもわかっている、という様子のマスターにそう俺は諭された

きっとマスターから見れば俺のような子供の憧れやらはお見通しなのだろう

「確かに。あ、今更ですがブラックでお薦めブレンドを」

「OK。とびっきりのを入れてあげよう」

マスターは笑顔で答え、慣れた動きで瓶やお湯を扱い始めた

「あれ、祐一君ご注文?」

「ああ、それはそうと、思ったより安心できる動きじゃないか。
驚いた…俺はてっきりこけてこぼしたりしてるのかと思ったよ」

あゆが俺の隣にすとんと座り、前掛けのエプロンをふわりとなびかせた

「うぐぅ、今は大丈夫だもん。そりゃあ少し前はマスターに一杯迷惑かけたけど…」

あうはもじもじと告白し始めた

「はっはっは。おかげでワシはここの常連さ」

テーブルの一つからあゆにそんな声がかけられ、
その主である壮年のおじさんにあゆは照れくさそうに笑い返した

その優しい笑みはあゆを孫のように思っているような柔らかい視線を携えていた

「ふーん…お、おいしい…」

出されたコーヒーはブラックながら十分な味わいの深さを感じられた

「うぐぅ、ボクはよくわからないよ」

俺がブラックコーヒーを飲む姿を見ながらあゆはそう言った

「なんだ、働いてるくせにコーヒー嫌いなのか?」

「うぐぅ、いつも砂糖とミルクいっぱいだよ…」

「ははは…いつもはほとんどカフェオレになってるね」

あゆの声にマスターはおどけてそう言った

「情けない奴だな。まあ飲まないほうがいいかもな」

「なんで?」

くいっと首をかしげるあゆ

「背が伸びなくなるからだ」

俺はあゆの目を見て言い放つ

「…うぐぅっ」

怒っているようなショックを受けているような表情であゆは固まった

「冗談だ」

「でもあゆちゃんは寝れなくなるかもしれないな」

マスターが俺に合わせる

視線を向けると何かが通じ合った気がした

「ボクだってこれからだもん!」

「それはどうかな。マスターはどう思います?」

「背に影響があるかはともかく、自分より大きい女性が好きだ!という声は余り聞かないね」

あゆは俺たちのやり取りを聞いてうぐっと反撃を取りやめた

それどころか顔を紅くしてうつむいてしまった

「あゆ、どうしたんだ?」

俺はコーヒーを一口すすりつつ聞いてみた

「うぐぅ…祐一君は小さいほうがいいの?」

−ぶほっ

「わわっ、マスター雑巾くださいっ!」

「はいはい」

むせて涙のにじんだ視界の中であゆが手際よく俺の噴出したコーヒーを拭いているのが見えた

「げほげほっ。あゆ…お前なっ」

「うぐぅ、大丈夫?」

甲斐甲斐しく俺の背中を撫でるあゆ。なんだか恥ずかしいぞ…

「ごほっ、急に変なこと言うんじゃないっ」

「変? どう変なの?」

あゆがじっと純粋に疑問を浮かべて俺を見つめてくる

「ふ…君の負けのようだね」

気がつけばお客さんやマスターは俺とあゆを妙にニコニコと見守っていた

(ぐはっ、恥ずかしすぎるぞ…)

俺はそそくさと退散しようとした

「ほう? それでいいのかね?」

「ぐっ…」

痛いところを突かれる

確かにここで立ち去れば今の誤解を認めることになる

もっとも、ここにいても同じ気がしないでもないのだが…

「まだゆっくりしていけばいい」

マスターが指差す先にはしんしんと降り積もる雪

記憶の数だけ、思いの数だけ降り積もるような純白の雪

俺は腰をおろし、ゆっくりとその光景を眺める

あゆが注文を受け、それを運ぶ

そして時折静かになり、俺のそばであゆが静かに座る

そんな繰り返し…

「この街をまた好きになったかい?」

「え?」

唐突にマスターがそんなことを聞いてきた

「覚えてないか。それも仕方ない。感謝されるためにしたわけではないのだからね」

微笑み、マスターはグラス磨きに戻った

「マスター?」

俺はマスターに助けられたことがある…?

記憶の本棚を探し始める

当然空白の7年は除く

…となると?

「ふふ…思い出そうとしてくれるならヒントを出そう。
どうやって君はあの時山を降りたんだい?」

「まさかっ」

俺とこの街であゆに関する山といえば一つしかない

そう…そうかっ!

「やっと思い出したというか、思い当たりました」

「確かにそうかもしれないね。あのときの君はほとんど意識は無かったから」

あゆが木から落ちて、俺も倒れそうになって、そんなときだった

マスターが木陰から出てきたのは…

「あの時は驚いたよ。ちょうどあの辺りにお茶用の薬草を取りに行っていた所だったからね」

あの頃を思い出すようにマスターがつぶやいた

「言葉もありません」

「いいのさ。それで、質問のほうはどうだい?」

頭を下げる俺にあくまでマスターは穏やかに聞いてきた

「…ええ、好きですよ」

「うぐぅっ!」

俺がそう言った途端、あゆが何かにつまずいて皿を落とした

ぱりんと景気良く音が鳴る

あゆの顔は真っ赤だ

「どうしたんだよ、あゆ」

「な、なんでもないよっ。マスターと何を話してたの?」

慌ててほうきとちりとりで掃除を始めるあゆが聞いてきた

「ん? 俺があゆを大好きだってことさ」

真顔で言ってやると、残っていたお客からの歓声と
あゆのてれた表情が帰ってきた

…しまった、使い方を間違えたか…

つい他のお客がいることを忘れていた

「あー、その、あゆ?」

「うぐぅ、嬉しいよう。最近言ってくれないから」

さらにあゆは俺の予想を越えて涙ぐんだ

「お、おい。このぐらいで泣くなよ、な?」

慌ててあゆを抱き寄せるがその拍子に瞳からは雫が落ちた

「ひっく…うぐ、だってぇ…嬉し涙だもん…いいんだよぅ」

あゆはどもりながらもそう言うが、俺は慌てたままだった

にこやかに俺とあゆを眺めているお客やマスターの瞳は優しい

まるで秋子さんのように…

「落ち着いたかな?」

「うぐぅ、汚しちゃってごめんなさい」

あゆが謝るとマスターは首を振った

「いいのさ。このお詫びは彼氏君に常連になってもらうことで帳消しだ」

「うぐっ」

俺はマスターのそんな言葉に言葉を詰まらせるのだった

言われるまでもなく常連になるだろうが、もしかしてからかわれ続けるのだろうか?

それでも、いいかもしれないな

「うぐぅ?」

泣き止んで、俺のそばで座るあゆ

そんなあゆが笑う姿を見れて、いつもそばにいれて、
一緒に笑える場所が増えるなら…それで

 

コーヒーにクリープが溶けていくようにあゆを泣かしてしまった罪悪感も
溶けていくといいなあと夢想しながら俺は交じり合うのを眺めていた

 

終わり

 


あとがき

神代さんとのコーヒーショップでバイト、あゆと祐一、というテーマで
キャスティングを入れ替えるということで書くことになりました。
シリアス? 極甘? 私には無理です(ぉーぃ

あー…ほのぼの?(何

コメントしにくいのですが、ほんわかしんみり感じ取っていただければ幸いです

ご意見ご感想(中傷勘弁(´Д⊂))はBBSなりメールでどうぞ