風が通り過ぎる…

「不味いな…思ったより冷える…」

念のために防寒具を買い足しておいて正解だったようだ

「…お前にも何か付け加えるべきかもな…」

専用の胸ポケットに収まる相棒を見る

天気はそう悪くない

…吹雪いていないだけだが

どうやらここは商店街のようだ

通り過ぎる人々もどこか急いでいる

雪の降る中、ゆっくり歩く理由も無い

ここまでの雪に慣れない体には少しの風もしみる

まるで旅人を街が拒むかのように…

「なーんてな、俺って詩人?」

一人つぶやくものの、誰も反応は示さない

無関心の瞳の群れ

正しくは無関係な他者への興味の無い視線

だが、それは普通だ

誰しも、いちいち人を見つめたりしていてはきりが無い

俺はそんなことを考えながら足を止め、自分と相棒に降り積もった雪を払おうと手を動かす

−…ぇぅっ…−

「ん?」

顔を上げる

雪を踏みしめる音、白い吐息と雑音

どこにでもある冬の光景

店の明かりは道を、人を照らし、人はその中を歩く

そんな中、かすかに聞こえた何か

止まった足が…進みだす

気のせいかもしれない…

そんな考えも頭をよぎったが足は止まらなかった

聞こえる…

「うっ…ぐす…」

女の子の声…

街の路地…誰も見向きもしないような明かりの端

小さな…本当に小さな少女が泣いていた。
ずっとそこにいたのだろうか…

…ふとそう思わせるだけ既に冷え切っていると感じた

「おい」

…声なんかかけて、どうする気だ俺…

少女は気が付かなかったのか、顔を上げずにすすり泣く

…いいぞ、今のうちに引き返すんだ

また明日から生きることを考えねばならないのだ

今だって寒さに声が震えてるじゃあないか

…だと言うのに…俺はさらに少女に近づくのだった…そして

「おい、雪積もってるぞ」

「うぐぅ?」

 

 

少女の瞳が映すのは無愛想な男の顔とその手に乗った人形と…雪だった

寒さに震える彼の声と、寂しさに震える彼女の声

二人の声が白く混じり…二人の運命もそこで混じる

全てが白く染まる…この街で…

 

冬の翼〜遭遇、そして確信〜

 

 

「…」

無言だ。もう見事なぐらい少女は無言だ

…むぅ。受けなかったのだろうか

などと考える俺でもなく、単純に見知らぬ相手だということで驚いているのだろう

「なんで泣いてるのかは知らんが、ここで立っていても風邪を引くぞ?」

声をかける。しかし、俺を不思議そうに見上げる瞳は変わらない

「…だ…れ?」

「ふむ。自己紹介もまだだったな…ちび、名前は?…俺は、往人だ」

「…ぁ…ゅ」

かすかにだが、つむがれた言葉

「そうか、あゆか…良い名前だな」

つぶやき、相棒を動かす。
差し出した手のひらの上で動かすため、少し狭そうである

「…」

あゆの目はそれに注がれていた

「どうして動くか気になるか?」

「…(コク)」

頷くあゆに俺は微笑む

「じゃあ、泣き止んでからだな」

しゃがんで、あゆの頭に手を置いてやる

「いい子は、笑うんだ」

「…うん」

少しだけ、少しだけだがあゆは涙ぐみながら顔をほころばせた

−くー…

「…ぁぅ」

真っ赤になった小さな顔がうつむく

「なんだ。腹が減って泣いてたのか?」

首を左右に振るあゆ。どうやら違ったらしい

ふと鼻に届く匂い

「少し待ってろ」

「…ぁ」

荷物は置いて駆け出す

 

 

「ほら」

「…?」

あゆに買ってきたソレを渡す

…たい焼き

ちなみに一匹。だが俺の財産は残り3円となった

わびしい…しかし、悔いは無い

「ほら、食べていいぞ」

俺はあゆを促し、あゆは頷いて小さな口で小さくかじる

「…おいしい」

「そうか、それはよかった」

言って、俺は自分のことを考える

俺が他人にこんなことをするなんて珍しい事だ

子供だから? いや違う

迷子なんか今までに何人も見てきたし、何人もかかわろうともしなかった

だったら…何故…

「はい」

「ん?」

考えは小さな声にさえぎられた

見えるのは二つに割られ、湯気を上げるたい焼きの片方

あゆがそれを俺に差し出してるのだ

「くれるのか?」

「往人さんとはんぶっこ…」

その瞳が、純粋に俺を見る

…ああ、なんだ…

単純な事だったのだ

「貰おう。…うまいな」

「うん、おいしいね」

植木の枠であるレンガに腰掛け、二人はたい焼きを分け合って食べる

あゆはたい焼きを食べながら俺にもたれかかる

…そう、簡単な事だった

俺は…

この子を、あゆをほうっておくわけには行かないと感じた…それだけだったのだから…

 

「どうして泣いていたんだ?」

「…」

あゆは答えない

それはそれだけの大事だということだ

俺とてこの歳までさまざまな人を見てきた

…見ざるをえなかったというべきか

だから…

「あゆ、顔を上げてみろ」

「え?」

上がった顔の、落ちそうになる雫が浮く

「あ…」

「とりあえず、家まで送るぞ?」

こうして優しく話し掛けるだけ…

 

 

 

「月宮…か」

小さな一軒家、表札にはそうあった

「ただいまぁ…お母さん?」

あゆが玄関を開け、家を覗き込む

ポストには名前が二つ…うーむ、二人で暮らすにしては…

「お母さんっ!!」

「あゆ!?」

叫びに俺は失礼ながらも家に駆け込む

声の方向を頼りにそちらを向けば洗濯物にうずまるようにして
倒れている女性とそれにすがりつくあゆ

母親かっ!

俺は駆け寄り、あゆのそばにしゃがみこんで母親の様子を見る

血の気の引いた肌、脈は…ある

「お母さん、お母さん!」

「あゆ、落ち着くんだ。大丈夫、お母さんは無事だから」

右手であゆの背中をなでながら、左手を母親の姿勢を整えるのに使う

呼吸は安定してるし、貧血だと思うが…なにぶん俺は医者ではない

「あゆ、布団は?」

「ぐす…こっち」

駆け出す小さな体を追いかけ、といってもすぐそばの部屋だったのだが…
にあった押入れから布団を出し、用意する

「よっと…」

…軽かった

想像以上の軽さの母親を持ち上げ、寝かす

…残念だが今救急車を呼んでも身元不明の俺では対応しにくい

母親が倒れこんでいた洗濯物を適当にたたみつつ、
枕元のあゆが泣き止むのを俺は日の当たる縁側で待つしかなかった

そして日が少し傾いた頃

「ん…あゆ?」

「あ…お母さん」

うとうとしていたがその声に振り向く

軽く身を起こす母親と笑顔になるあゆ

「邪魔してるぞ」

とりあえず挨拶をしておく

「…あなたは?」

さすがに母親は不審な目つきだ

当然だろうな…

「…えっとね…うぐぅ、うまくいえない…」

「あー…お子さんが泣いているのを見かねて
お宅へ送ったところで貴方を発見、今に至るというわけだ」

何か言葉使いが変だが、慣れていないのだから勘弁だ

「うん、往人さんって言うんだよ」

あゆ、ナイスフォロー

「そうですか…それはご迷惑を…」

さすがに信じきる、というわけにはいかないのだろうが、
どうやら倒れていたのを助けたということはわかってもらえたようだ

「体の調子が悪いのか?」

あゆに顔を向けて言う

暗に今日みたいに倒れる事が多いのか?ということだが…

「うん…なんかお母さん最近疲れてるみたいで…」

「なるほど…遅くなったが俺は国崎往人、
ちなみに俺はこれで稼ぎながら旅をしている」

自己紹介がてら相棒を取り出し、念をこめる

とことこと床を相棒が歩き、あゆの肩へとジャンプする

「あら…ま」

「うわ〜」

二人は驚いている…よかった

これで母親がノーリアクションだったらどうしようかと思ったぞ

「後は我流だが…」

相棒を取りにいくついでに母親の肩に手を置き、
普段野宿するたびにしていたように念をこめる

「え? あ…え?」

戸惑いの声が母親からあがる

うむ、効いた様だった

「旅のためには体が丈夫でなくてはならないということで、
多少はこのように健康法が…使えるぞ。毎日続ければ滋養強壮間違い無しだ」

先ほどより幾分か顔色の戻った母親に語りかける

人形に念をこめるのと同様に、体にあるパターンで
念をこめると…細かい説明は省くが
わかりやすい効果の一つとしては代謝をよくすることができるのだ

おかげで人よりタフというかなんと言うか、まあ
一人で旅をするには必要なものだった

「うぐぅ、よくわからないけど便利そう〜」

「いや、一回一回はそうでもないんだが、
今日みたいに何度も使うとさすがに疲れる。
いつも稼ぐために人形を動かした後は熟睡だからな」

これは俺の資質の問題もあるのだろう

先祖はもっと多様かつ高度なことができたと聞いているからな

「ふ〜ん、ねえお母さん」

「はいはい。その代わり雑用はしていただきますよ?」

「は?」

話が見えない…ぞ?

「まずはお風呂ですね、あゆ、沸かしてきなさい」

「は〜い」

走り去るあゆ、残るは二人

「あのー…?」

「え、野宿がお好きですか?」

「いや、そういうことか…」

どうやらさまざまな状況により、ここに泊まれるらしい

「申し送れました、私…月宮恵(めぐみ)です」

夕日の差す中、頭を下げあう大人二人

少し…変だった

 

 

続く

 

あとがき

 

変則SS、往人*あゆでございます。

ちなみにカノン本編は発生しない予定です。

そのためどちらかというとAirSSに分類される気がしますね

コンセプトはじゃれるあゆと、家族というものに温まっていく往人、です

変な設定ですがどうぞお付き合いください

感想その他はBBSなりメールにて