硬くない目覚めはいつ以来だっただろうか

(・・・我ながらむなしい回想だ)

回らない頭で状況を整理する

そう、俺は昨日この街に来て稼ぐかと思った矢先に・・・

・・・矢先に・・・ん?

俺は身を起こしたためにめくれた布団が引っ張られるのを感じた

「うぐぅ、寒いよぅ・・・」

「お、すまんすまん」

見ればあゆが俺がめくった分の布団を引っ張って包まり直しって・・・

「・・・何っ」

逃げるように朝日に向けた視線を再びその方向へと向けて俺は固まる

「すー・・・」

あゆが寝ている

いや、まあ朝だし、布団にいるのは良しとしよう

歳相応の可愛らしいパジャマで寝ている姿がいいものだということも認めよう

完全に長時間一緒に寝ていたという証の暖かさや湿気も遺憾ながら認めよう

だが、何故あゆがここにいるのだ。しかも枕持参で

(落ち着け、俺。目覚めたら警官が胡散臭そうな視線を向けてた、なんてこともあったじゃないか。
それに比べればどうということはない。そうだ、状況を整理しろ)

決して自慢できない過去の経験を生かして声を大にして叫ぶような状況は避け、
辛うじて働き始めた頭で状況を整理する

「まず・・・昨日はここに来て、あゆに出会ってこの家に来て・・・。
普通に風呂に入って食事までご馳走になって・・・あとは寝ただけだと思うのが・・・」

必死に考えてもあゆを引き釣り込んだ記憶は無いし(あったらヤバイ)
あゆが入り込んできた記憶も・・・待てよ

そう言えば昨晩一度何かに起こされたような起こされなかったような・・・

ということはその時に寝ぼけたままあゆが入ってくるのを許したということか

「起こすか…。おい、起きろ」

相手が女の子では叩いて起こすわけにもいかずに
ゆさゆさと適当に揺らす

「うぐぅ〜、眠いよう」

「それは結構だが朝だぞ」

部屋にある時計は一般的に学生なら起きる時間だ

「うぐぅ?…あれ?」

しょぼしょぼと目をこすっていたあゆが俺を見て、布団を見て、首をかしげる

無理も無い。他人の布団に入っていたのだからな…

「うぐぅっ!? いきなりボクは往人さんの毒牙にっ!?」

「あほぅっ!」

べしっと俺のつっこみがあゆの脳天をヒットした

 

 

〜冬の翼〜

第二幕

 

「おはようございます。娘が朝からご迷惑をかけたようで」

「いや、特に問題は無いぞ。そちらがよければ、だが」

曲がりになりにも男の布団なのだ、本人より親が気にしそうだ

場は朝食、普通の台所に大きいテーブルによる普通の食卓だ

並ぶメニューもごくごく当たり前の…だがあゆと恵の二人には笑顔がある

これが…家族なんだろうな

「うぐぅ、どうしたの往人さん? 目玉焼き嫌い?」

あゆが箸を動かさない俺を気遣うように声をかけてくる

「一人じゃない食事は久しぶりだからな」

「そう言えば国崎さんは旅をしてるのですか?」

今更のような気がするがまあいいか

「ああ、流れ流れて北上中だ」

「それでは旅費などはどうやって?」

至極当然な疑問だろう

今の時代に旅など、貯蓄後に浪費しつづけるものでしかないだろうしな

「えーと、人形は荷物の中か。ちょうどいい」

俺は食卓にあるコショウ瓶を手にとると目の前に置く

「?」

二人の視線がそれに集まるのを確認して、ふんっと念を込める

「きゃっ」

「うぐぅ〜♪」

初めてで驚きの声を上げる恵と二度目なので楽しむ様子のあゆ

二人の対照的なリアクションを見て満足した俺は適当にゆらゆらさせつつ疲れるので念を解除する

「ふぅ、まあ見ての通りだ。いつもは荷物にある人形で適当に大道芸状態だな」

「なるほど…種はなんですか?」

ひょいとコショウ瓶を手に取りながら言う恵に俺は一言言う

「種は無い。実力だ、いや天武の才だ」

要は自前の能力だという事だが我ながらもう少しスマートに言えないものか

「じゃあ川澄さんみたいな感じなんですね。あ、川澄さんっていうのは私の知り合いの方です」

「うぐぅ、ご飯冷えちゃうよ?」

あゆの言葉に二人も食事を再開した

 

 

そして、食後の一服をしていたときである

「国崎さん、働きませんか?」

「やっぱり娘に手を出したと警察に訴えるのか? そして強制労働でも…」

あゆは元気よくランドセルを背負って駆け出していった後である

「は?」

「…いや、なんでもない。それで?」

「はぁ…ここにいるわけですから芸をするより確実に稼げると思いますけど?」

「…ああ。なんだ、本当に居候していいのか?
俺はてっきりあゆへのごまかしだと思ってたのだが」

恵の表情に昨日の言葉が真実である事がわかる

「ここは母一人娘一人ですから男手があるにこしたことはありません。
もちろん私は娘を下心を見抜けないような子に育てた覚えはありませんよ」

「そんなもんか?」

俺が疑問を口に出すと、じゃなきゃ布団に入ったりしませんよ、あの子も大胆ですけど、
などと笑顔で妙な事を言ってきたのであった

俺としてはまあしばらくはいるのは構わない

それにあゆが泣き出しそうだというのもあった

「じゃあどうすればいい?」

「こちらでなんとかしますから国崎さんは今日はぶらつくなりご自由にどうぞ。
一応、体力は自信がありますか?」

「無論だ。丈夫な体無くして野宿は勤まらん」

北上するにつれこれは強く感じた

「わかりました。じゃあ大丈夫でしょう」

そう言って仕事がありますから、と席を立つ恵に合わせて俺も出ることにした

適当に上着を羽織、相棒を胸ポケットに収めつつ玄関を出る

「…寒いな」

「今日は暖かいほうですよ」

俺は本心で言ったのだが恵にあっさりそれは返された

…どうやらここは思った以上に寒いらしい

(野宿じゃなくて良かった)

心からそう思うと同時に俺は太陽の光に目を細めた

 

 

「出てきたのはいいが、金が無いな」

そう言えば昨日あゆにたい焼きを買った時点で俺の懐はかなり寂しい

というか物はほぼ買えない

「どうする…ん?」

適当に商店街に向けて歩いていた俺は
困った様子で怪我をしたのか指を見る昨日見たばかりのたい焼き屋の親父を発見した

「親父、怪我か?」

「え? ああ、確か昨日買ってくれたあんちゃんだったな」

親父は俺のことを覚えていたようで怪訝そうな顔がすぐに前の困った様子の顔に変わる

「準備のときにちょっとな、力が入んなくてよ。売るときとかは問題無いんだが…」

「もしかして屋台そのものが立てられないのか?」

まあ立てかけでそのままなのだからそうなのだろうが

「そういうことだ。今日は臨時休業だな」

そう言って屋台に手を伸ばす親父の肩を俺はつかむ

「暇だからな、手伝うぞ。組み立ててしまえば後はいいんだな?」

「お、本当か?」

頷き、骨組みを言われるままに組み立てていく

しばらくして覚えのある屋台が完成する

「すまねえなあんちゃん。適当に待っててくれ。お詫びに奢るぜ」

「それはありがたく頂こう」

答え、行く場所も無いので手際のよさを目の前で観察する事にした

「あんちゃんはあのお嬢ちゃんの知り合いかい?」

「お嬢ちゃん?」

たい焼きの元を挟んだ後、話し掛けてきた親父に俺は答える

「ほら、昨日たい焼きを上げてた子だよ」

「ああ、あゆか。知り合いといえば知り合いだが昨日初めて出逢った。
なぜか居候する事になったぞ」

「へー、それは偶然だったな。綺麗だろう?」

「綺麗? どっちかというと可愛いじゃないのか?」

言ってから親父の言う相手が母親のほうだと気がつく

「はははは。確かにあゆちゃんは可愛いな。色々頼むぜ」

「…ああ」

親父はあゆが泣いている姿をもしかしたら知ってるのかもしれない

そう感じた俺は親父に答えた

「ほらよ。今日の最初に一匹だ」

「おう」

そして後数匹を頂き、俺は親父に礼を言って歩き出した

 

寒い風の中、たい焼きの熱さに時折顔をしかめながらも
その甘さと熱さが寒さとの三重奏を奏で眠気を飛ばしていく

しばらくは住む事になったのだ、色々と散策するのもいいだろう

俺はそう考えると少し人目を気にして商店街を抜けたところで路地に入るときょろきょろと見回した

「よし、いないな」

誰にも見られてないことを確認すると俺は先祖から継がれた術を練る。
方術−願いそのものと起こしたい事象を実行する術

軽く息を吐き、足に意識を集中させて願いを解放する

疲れを抑えて歩きたい、と

「よっと。んじゃ行くかな」

俺は軽くなった足取りに満足して路地から抜け出る

願いを叶えるための手段として力が行えるのは即ち自体重の軽減

とは言え俺も修行不足なようなので調子が良い、というぐらいの差しかないが・・・

「さて、どこから・・・げ」

俺は路地から出たところでこちらを妙に見つめる一人の少女に気がついた

ツインテールの長い髪を少しふく風に揺らせながらその少女は俺を睨むと・・・

「美汐ー、変な人がいるーっ!」

「なにぃっ!?」

幸いというかなんというかその少女が叫んだ先には一人しかおらず、
周りには商店街からも外れた場所だったので人気はなかった

だからどうだという気分ではあるが・・・

「真琴、急に失礼な事を言っては駄目ですよ」

呼ばれたらしいその少女はどうやら目の前の失礼な子、真琴よりは良識があるらしい

「どうでもいいが、急に変な人呼ばわりしておいて謝罪はないのか?」

子供相手に俺もガキだな、とは思いつつも躾だと自分を納得させる

「あ、失礼しました。真琴、ほら」

「あぅー・・・でも・・・。はい、ごめんなさい」

途中で片割れの少女、美汐の目つきに考え直したのか一応頭を下げてきた

「わかればいい。多分だが見かけない俺が路地なんかでぼーっとしてたからだろう?」

傍目からはそう見える状態だったはずだからな。
二人は見た目はあゆより少し上といったところだろうか。
・・・似てないが姉妹なんだろうな

「・・・うん」

真琴もそのとおりだと頷いた

どうやら発動の時は見られていなかったようだ。
・・・一応足なら足が少しだけだが光るしな、そっちのことだったら説明が面倒だ

「俺は昨日ここに来たばかりだからな。色々歩いて少し疲れたんだ」

もっともらしく言っておき、じゃあなと手を振って俺は二人と別れた

背中に視線を感じるがまあまた会うかもしれないしそのときはそのときだ

 

少し苦手な交番や、適当な住宅街などを散策し
日も少し傾いてきたので月宮宅へと足を動かす

純白の雪が徐々に夕日の色に輝いていく

目へのまぶしさ以外に何か心に染みてくるものがある

それは感動…? それとも寂しさ…?

「見つからない相手を探す事に疲れたのかな、俺は」

旅の本当の目的は…二人には話していない

翼を持った少女を見つけ、呪縛から助ける事

詳細はもう失われてしまったがそれだけは伝わっている

「…らしくないな」

俺は頭を振り、止まった歩みを再開する

 

「往人さんっ!」

どすっ

「ぬぉっ」

声に振り向いたとたんみぞおちあたりに衝撃を感じて背中から雪に倒れこんだ

「あゆか?」

夕日の逆光に目を細めながら覚えのある声に向かって答える

長い髪がくすぐるように俺にかかりその体は陰になって…

「あゆ、タックルはやめ…っ!?」

「うぐぅ? どうしたの?」

「いや、気のせいか。とりあえずどいてくれ」

一瞬あゆの背中に何かが見えた気がしたが気のせいだろう

現に今のあゆは覚えのあるあゆのままだ

「帰りか?」

「うん♪」

立ち上がって雪を払いながら聞くと元気な声が返ってきた

ランドセルをゆさゆさ揺らしながらあゆはすぐさま歩き出した

「ほらほら、速く〜」

「ああ、今行く」

俺は思った

今はこの笑顔を見ながら過ごすのも悪くは無いだろう、と

 

 

続く

 

 


あとがき

謎企画二話目です…

ちなみにカノンの史実からいうと、
祐一が出会うよりも少々前のお話です。
同じようで同じでない、祐一は世界としては存在しますが、
あゆとあのパターンで出会うことも無くそして…という感じです。

でわでわ。感想その他はメールなりBBSにどうぞ。

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