シスターパニック!?〜七人の妖精編〜


第十五話

〜星に願いを〜

 

 

じめじめとした梅雨も過ぎ、季節は確実に夏へとその姿を変えていた

 

 

今日は七夕、なのに朝から竹林のそばにいる理由と言えば…

「お〜いっ、水瀬〜!!」
伸びた道路の先から聞き覚えのある声が響く

「おお、こっちだっ!!」

俺は軽トラックの窓から手を振る北川に叫ぶ

キキッ

「このぐらい大きければ良いだろ」
北川はトラックを降りてそれを叩く

「すまない」

今回は北川に無理を言って借りてきてもらったのだ

「気にするな。香里は?」

「ああ、香里なら…」

俺が指差そうとした家から香里が出てきた

香里には竹林の持ち主との交渉を頼んだのだ

「どうだった?」

額に出た汗をタオルでぬぐいながら香里に聞く

「ええ、どれでも良いそうよ。選びましょう」
この暑さでも冷静さを崩さない香里に感心しながら竹林に入る

・・・

・・

「これ…かしらね」

「そうだな」

「でかいぞ…これ」

3人が見つめているのは周囲でも一番目立つ一本の笹だった
太さも普通よりも倍以上ある

「香里、監視頼む」
何を頼むかと言えば…蜂である

竹林には時々スズメバチが生息しているのだ

変化の無い、しかも雨や風が影響を与えにくい空間のためによくあることらしい
まあしっかり監視していればそうそう襲われることも無いが…

「わかったわ。まあいざとなったら見捨てて逃げるから」

「おいおい…」

香里の冷たい一言に北川がうめく

「北川、のこぎり」

「おう」

二人で互いに引き合うことで斬るタイプののこぎりをかまえる

『せーのっ』

さわさわと笹の葉が風で揺れ、落ちつける音が響く中、のこぎりによる音が響く

根元が変に割れないようにゆっくりと切りながら…十数分後

「もう…少しだな」

「そうだな…っ!」

最後の一回っ!
そして長い笹は音 を立てて動き始めた
そしてそれは一気に加速をつけて…俺のほうっ!?

「うぉっ!?…危なかったな…」

間一髪、俺のわきを掠めて笹は上手く地面に倒れた

回りの竹へ下手にぶつかっていたらどうなっていたことか…

「さあ、運びましょう」

「おうっ」

3人でいそいそと竹林を抜ける

 

 

―一方七姉妹達は―

 

日増しに強くなる日差しの中、彼女達はプール開きをしたばかりの市営プールにやってきていた

彼女達の他にも人が結構いるようだ

 

ばしゃばしゃっ

「あぅーっ! やったわね〜っ!!」
子供用の浅いプールに声が響く

顔に水を浴びた声の主の真琴がお返しとばかりに水をかけ返した
オレンジ色の明るいビキニの水着が元気のよさをあらわしている

「うぐっ! むー…」
水を浴びたあゆは膨れて次なる攻撃の準備をしている
あゆの水着は純白のワンピース状のものである
腰の辺りについたひらひらが特徴であろうか?

「…隙あり」「うわぷっ!?」

舞がつぶやくと油断していた真琴に大量の水がかかる

舞の水着はスカイブルーのワンピース、本人曰く『ちょっと冒険してみた』
との言葉どおりに雰囲気がぐっと大人びている

「う〜…お兄ちゃんと一緒に遊びたかったです〜…」
栞はパラソルの下でアイスを食べながら言った
白と言うよりはクリーム色のワンピースに日焼けしすぎないためのタオルを羽織っている

「あははーっ、大丈夫ですよ〜。夏は始まったばかりなんですから」

そんな栞を泳ぎに誘いに来た佐祐理の水着は薄いピンクのセパレートである
購入時『お兄様もこれにはさすがにどきどきなはずですっ!』とか力説していたとかいないとか

「そうですね…美汐お姉ちゃん、行きましょう」

「早めに勘を取り戻しておいたほうが良いですね」

美汐はそう言って同じようにパラソルの下から出てきた
まぶしい日差しは美汐の黒色の水着を照らす。
ちょっと大胆なそのカットは明るく行こうと言う決意の表れだろうか?

「…あれ? 名雪お姉ちゃんは?」

栞が辺りを見渡して言う
見える範囲にはいないようである

「…あははー…多分…」

「ええ、確実でしょう」

乾いた佐祐理の声に美汐がうなずく

 

 

 

「イチゴだよ〜♪ うー…ズキズキするね〜」

案の定、名雪は売店で一人、氷イチゴを食べていた
時折痛む頭を押さえ、食べるのを中断する

「おね〜〜ちゃ〜〜んっっ!!」

「あっ、栞ちゃんの声だ…そうだね、泳ごうかな」

名雪は残った分を口に含むと席を立った

名雪の水着は真っ赤なビキニ、お腹を隠すためのパレオを身にまとっている
栞たちの姿を見とめると滑らないように気を付けながら勢いよく駆け出した

 

 

 

 

 

「今日が休みでよかったな?」

「ああ、平日だったら準備が難しかっただろうし…」

俺は傍らの北川に答えた
香里の運転の元、二人は荷台で笹が落下しないように気を使いながら水瀬家に向かっていた

この笹を七夕に使うためだ

「二人も今日はこっちにこいよ。歓迎するぞ」
笹のくすぐったさに顔をほころばせながら言った

「そうさせてもらう」
こちらも笹の葉の攻撃に顔をしかめながら答える北川

風が心地よく火照った体の熱を奪っていく

そして…水瀬家にたどり着く

 

 

 

 

 

「よーい…」

佐祐理ののんびりとした声とは裏腹に辺りを緊張が包み込む

真琴、あゆ、栞、美汐の視線の先には舞と名雪がいる

二人は飛び込みの姿勢で次の瞬間を待っていた

「どんっ!」

「ふっ」

「…」

佐祐理の掛け声に二人は綺麗に飛びこみを決めた

・・・

「ふぇ〜、二人とも速いです〜」

「さすがですね…名雪はともかく、舞もあそこまで速いなんて」

驚愕の声が二人から漏れる

今回は200Mの競泳で、勝ったほうが祐一の隣で寝るらしい

・・・

「あぅー…お魚みたい」

「ちょっと大げさですけど。速いですね」

同じように二人を見つめる真琴と栞
濡れた髪と光る雫がかわいらしさの中に美しさを出している

「あっ、戻ってきたよ」

あゆの声とほぼ同時に二人はターンを決めて残り50Mに向かう

・・・

・・

「引き分け…ですかね」
佐祐理が上がってきた二人に声をかける

「姉さん、ごめんなさい」

「いいよ、大丈夫?」

「…(コクッ)」

「よかった…」

もうすぐゴールと言うときに舞は足をつり、おぼれるところだった
名雪はすぐにそれに気がつき、競泳をやめて助けたのだ

結局、舞を抱える格好で名雪はプールから上がったのである

「…帰りましょうか」

「あぅー…お腹すいた」
真琴が美汐の声に言う

「うぐぅ…お姉ちゃんそればっかだよぉ…」

あゆの呆れた声に全員に笑みが浮かぶ

「さっ、お兄ちゃんが待ってます♪」

栞の声を合図に全員が帰るための準備に向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなもんですか?」

「良いんじゃないでしょうか」

背中に秋子さんの声を聞きながら俺と北川は持ってきた竹を家に括り付けていた

風が笹を揺らす

「こうやって見ると思ったより大きいわね」

「だな…」

着替えてきた香里に答える

『ただいま〜』

「来たな」

妹達の声を聞き、玄関に向かう

・・・

「うぐぅ、お兄ちゃんっ!」

「あの見えてるのって七夕用のよねっ!?」

「おう、そうだぞ」

玄関のドアが開くなり飛びこんできた二人を抱きとめながら言う

「嬉しいです〜♪」
それを聞いて飛び跳ねる栞

「たくさん願掛けが出来そうですね」

「う〜、迷っちゃうよ…」
おろおろする名雪とは逆に落ちついて考える美汐

「あははーっ、全部お願いしたら良いんですよ〜♪」

「佐祐理姉さんの言うとおり…」

しっとりと湿った髪をなびかせながら二人は笑顔でうなずいた

「さあ、とりあえずご飯ですよ」

奥から秋子さんが出てくる

『はーい♪』

全員が全員元気よく返事をしてキッチンに向かう

・・・

・・

「いつもこうなのか?」

「みたいね…」

「ああ、気を抜くとなにも食えないぞ」

騒がしい食卓に驚く二人に言い放つ

視線の先では大皿に盛られたおかずをみんなでぱくぱくと食べている風景が映っている

「そうね…食べましょう。せっかくだし」

「そうだな」

覚悟を決めた二人も戦場に入っていった

 

 

 

 

 

 

「はえ〜…大きいですね〜…」

「うぐぅ…すっごいね〜」
佐祐理とあゆが空を見上げるようにそれを見る

他のみんなも改めてみた笹の大きさに驚いているようだ
ちなみに二階ぎりぎりの高さである

大きさもそうだが、太さが違うせいで大きく感じるようである

「出来ましたよ」

「はいっ、たくさんあります」

美汐と栞が短冊用の紙とペンを持ってきた

その場にいた全員に何枚かずつ渡される

受け取ると同時にばたばたとみんなが駆け出した

「ん?」

「願い事は書くときに見せたくないものよ」

「…そうか」

香里の声に疑問が氷解する

俺は…どうするかな
悩んでみたが願いは決まっている

『佐祐理、美汐、名雪、舞、真琴、栞、あゆ…大切な家族と一緒に幸せに暮らしたい…』

漠然としすぎてかなえようが無いだろうか?

そんなことを暗くなり始め、星が浮かんできた空に問いかけてみる

「短冊をかけたら帰るわ」

「もう少しいれば良いのに」

「いや、眠いんだわ…」

帰ると言い出した二人を引き止めるべく言ったが、そんな答えが返ってきた

「そうか、今日はありがとうな」

「良いのよ。また夏は出かけましょう」

「そうだな、また呼んでくれ」

二人にうなずいて玄関まで送ることにした

 

 

 

「お?」

帰ってくると笹の葉には短冊がかかっていた

「きっと恥ずかしいんですよ」

片づけを終えた秋子さんが隣にやってきて一緒に見上げる

「そうですか…」

照れる妹達の姿を想像して微笑んでみる

「ところで祐一さん」

「はい?」

「…短冊に私の名前が無いのはどうしてですか?」

…ぐはっ! 

「すっ、すいませんっ!!」

俺はとにかく謝り、新しい短冊に書き直そうとした

スッ

「え?」

秋子さんが俺の手を取ったのだ

「冗談ですよ。良いんです、祐一さんはあの子達をしっかり幸せにしてくれれば」

瞳に強い意思を込めた秋子さんの視線が俺を貫く

「もちろん」

「堅い話はこれぐらいにして…どうです?」

「珍しいですね」

妹達の手前もあるし、未成年でもある以上、めったに飲もうとしないのだが…

「良いじゃないですか。たまには…恋人が一年越しに出会うこの日ぐらいは…」

静かな秋子さんの声にうなずいて一口含む

ふと揺れる短冊が目に入ったので近づいてみる

『たい焼きいっぱい』

あゆだな…単純明快な願いに苦笑する

『夏はいっぱい遊べるように体力が欲しいです』

まあ少し運動はしような…
夏は倒れたりしないか心配だな…

『夏休みが来たら宿題終わらせて欲しい』

真琴…無理は言うなよ…
しょうがない…今から覚悟しておくか…

『みんなと遊びに行きたい』

舞か…ああ、連れていってやるぞ。大学生の夏は時間があるからな…

『早起きできるようになりたい』

…無理だな
まあ目覚まし代わりにならなってやれるが…

『怪我や病気の無い夏になって欲しい』

この字は…美汐か、やっぱり綺麗な字を書くな…
そうだな…怪我とかには気をつけないとな

『この夏は…お兄様と…ぽぽっ…これ以上は恥ずかしくて書けませんっ!!』

…そこまで短冊に書く理由は無いと思うぞ…
まあ・・・二人っきりで過ごすぐらいは大丈夫そうだが…まあ今言っていても仕方あるまい

…?

俺はかなり上のほうに大きな短冊があるのを見つけた

だがさすがに一階からは届かない位置だ

「祐一さん、お風呂に入ったらどうですか?」

「そうします」

窓を閉めて浴室に向かった

・・・

・・

「あれ? まだ起きてたのか?」

「うん…」

眠たそうな名雪が答える

風呂から上がって部屋に入ると、今答えた名雪も含めてみんな起きていた
静かに空の天の川を眺めているようだ
わずかな明かりに薄着であることが簡単にわかった

そうだ…ここからなら…

俺は窓から見える短冊を眺めた

そこには全員の字で…

『これからも一緒に…』

各自お兄ちゃん他の書き方が頭に加えてあるが、本文は一緒だった

「そっか…」

俺はあがってくるときに書いたばかりの短冊を手にとって笹に結ぶ

『妹達を大切にしたい』

「ねえお兄ちゃん?」

「真琴、どうした?」

真琴がごそごそと音を立てながらそばに来た

「織姫様と彦星様って一年に一度しか会えないのよね?」

「ああ、そう言われてる」

俺も一緒に星を見ながら言う

「じゃあ何で・・待って、信じられるの?」

「そうだな・・」

俺は真琴の頭を撫でて考える

「絆…じゃないでしょうか」

佐祐理が小さくつぶやいた
パジャマとなったネグリジェが揺れる

「絆があるから…離れていても…会うのに時間がかかっても・・・待っていられるのだと思います」

そっと俺に微笑みかける佐祐理

他のみんなも同じようにうなずく

きゅっと俺の手を握る真琴

「お兄ちゃんは…離れないよね?」

「ああ、七年待たせたんだからな」

会うたびに離れるのは…嫌だしな…

ごろんと横になり、真琴が自分の場所に戻るのを確認しながら視線を動かす

星は静かに輝き、今宵だけの恋人の語らいを祝福しているようだ

窓を閉め、目を閉じる…

 

 

そして…妹達と過ごす初めての夏が来る


後書き

「星って良いですよね…さびしくも、暖かくもなれる気がします」

「さあ、彼女達の夏が始まります。がんばっていきたいです」