カノンB〜遥かなる太陽の下へ〜

 

 

 

 

第一章−発端−

 

 

 

それは・・・何の変哲の無いある日の午後だった

「またはずれか。相変わらず下手だな、名雪」

中心から外れた位置にあたった名雪の分を見て笑う

「うー、わたしが苦手なの知っててそういうこというでしょ・・・」

ちょっと不満そうに、でもこちらが本気で言ってるわけではないことを
悟っているためか単にすねた感じだ

「祐一は上手だよね。やっぱり男の子は得意なのかなぁ?」

俺の手元、鈍く光るハンドガン、もっとも精巧に作られたBB弾を
発射するおもちゃの類ではあるが・・・を見る

おもちゃの類とは言っても、おじさん、名雪のお父さんの趣味で
重さは本物とほぼ変わらない作り方をされているらしい

おじさんいわく、慣れれば本物も大丈夫だとか・・・

「どうだろうな。おじさんはやっぱり名雪があまり好きじゃないことは知ってたみたいだからな。
その分好きだった俺に喜んで教えたからじゃないか?」

当然ながら、俺も少年らしく興味を示したために、おじさんに仕込まれた記憶がある

あのころはとにかく楽しかった

「うー、なんでだろう・・・」

名雪の持つ同様のハンドガン、確か・・・グロック19・・・だったか?

材質は本物とほぼ同じ、弾丸を射出する機構がおもちゃとしてデザインされてるだけだ

名雪にも持ちやすい軽さなのではあるが・・・うーむ

「秋子さんはまた研究か? よっと」

最後に天井に向けて放り投げ、その場でジャンプして構えまでもっていくという行動を取る

「祐一、なんでいちいち飛ぶの?」

「格好いいからだ」

名雪はふーんという感じで片付けを始めた

「さて、今日はあゆと栞の検査の日だったよな?」

「うん。ご飯を食べたら一緒に迎えに行こうよ」

にこりと微笑む名雪にうなずく

 

 

〜水瀬家某所〜

「・・・今日あたりが限界・・・ですかね」

秋子は苦渋の表情を浮かべながら指先の振るえる自分の体を見る

「あなた・・・ごめんなさい・・・」

彼女のいる部屋・・・隣は自分の夫の趣味と同時に仕事用の部屋・・・を見る秋子

「でも、終わらせることがある・・・それまでは・・・」

自分で自分の採血を行い、試験管にそれを注ぐ

「・・・犠牲は少ないほうがいいものね・・・」

 

 

 

 

 

〜天野家〜

「真琴、今日はどうするんですか?」

「んー・・・祐一のところに帰る・・・。あっ! ねえ美汐、美汐も一緒においでよ。
たまにはお礼がしたいって・・・秋子さんが言ってた」

学校帰り、そのまま遊びにきていた真琴の提案に美汐はうなずく

「そうですか。じゃあお邪魔しますね。その前に・・・」

「うん。持っていこう♪」

二人が目指すのは丘、先日怪我をしていたウサギを丘で
見つけた二人は手当てをしていたのだ

 

 

 

〜学校〜

「舞〜、終わったよ。帰ろうか」

「・・・わかった。・・・!?」

歩き出した舞の足がすぐに止まる

「ふぇ? 舞、どうしたの?」

「・・・止まって。・・・佐祐理、御神先生の部屋は?」

長く伸びる通路、先には保健室がある、を見据えながら舞がささやく
まだ部活がある時間帯、グラウンドでは時折声が聞こえる

だが・・・

「え? すぐ近くだよ? どうしたの、舞」

なおも聞く佐祐理の手を取り、自分でも部屋を思い出した舞はそちらへと向かう

・・・そう、気配と雰囲気で先にある異常を彼女は察したのだ

 

 

 

 

〜通学路〜

「・・・病院へここを通るって言うのも・・・な」

サクサクと雪を踏みしめながらそんなことをつぶやく

「一番近道だからね」

笑う名雪の顔が可愛かった

「・・・? 祐一・・・」

「どうした? ・・・?」

一般人の二人にも感じた気配・・・それは、殺気

「「なっ!?」」

空を飛んでいた鳥、カラス達が急降下したかと思うと
近くの塀の上にいた猫に食らいついたのだ

周囲に襲われた猫の叫びが響く

「っ!? ねっ・・むぐっ!」

叫ぼうとした名雪の口を慌ててふさぐ

「・・・一回家に戻るぞ」

「・・・(コク)」

名雪も猫を見捨てることに拒否感はあるようだが、異常性は十分察しているようだ

ゆっくりとその場をさる二人の耳に嫌な鳴き声とついばむ音が響いた

・・・

・・

「・・・祐一・・・」

「わかってる。何かが・・・起きてる」

水瀬家の玄関を開けるが、先ほどの光景のせいで
敏感になっているのか静かな中にいやにその音が響いた

「お母さんなら何かわかるかな?」

「かもな・・・こっちだったか?」

秋子さんが研究、あまり知りたくは無いがアレなどど作る際に
必ずこもる部屋はこっちだったはずだ

 

「・・・? 開いてる」

「あれ? お母さんはいつも閉めてるのに・・・」

いつもならちゃんとかかっているはずの鍵が開いている

・・・一体

「・・・祐一さん・・・? 名雪?」

室内の机に倒れ付すようにしていた体を起こし、俺たちを呼ぶのは間違いなく秋子さんだった

「・・・どうしたんですか? あゆちゃんたちのお見舞いにしては早いですけど・・・」

「それより、大丈夫なんですか?」

「そうだよ、すごい汗だよ?」

「やめなさいっ!」

汗をふこうと近づけた名雪の手を秋子さんは手近なファイルではたいた

「え?」

思わず俺は声をもらした

「あ? ・・・名雪、ごめんなさい。でも、だめなの」

「お母さん?」

名雪も感じ取ったようだ・・・秋子さんの何かの雰囲気を

「祐一さん、そこにかけてある白衣から鍵を・・・」

「・・・これですか?」

消毒されたようにビニールカバーに入っている服のポケットから鍵束を取り出す

「はい。それですぐ隣の部屋が開きます。開けてください」

理由も意味もわからないが、言われるままにすぐ隣にある部屋の鍵に挿す

「・・・これは」

「・・・本物?」

俺の後ろから覗き込んだ名雪がそういうのも無理はない

そこには見るからに凶悪な銃や、バズーカ、防弾チョッキのような服、
その他おおよそ日本では一生涯見れないようなものがあった

「全部あの人の仕事の物品です」

後からやってきた秋子さんが静かに言う

「お父さんの・・・傭兵のため?」

「・・・そういうことか。でも・・・一体?」

秋子さんがここを開けさせる理由がわから・・・いや、まてよ

「秋子さん、まさかとは思いますけど・・・」

「・・・はい。外の異変を私は知っています」

秋子さんは俺の視線を正面から受け止め、はっきりと言い放った

「「!?」」

 

 

そして秋子さんから語られたのは以下の内容だった

訪問販売かと思うような来訪者からあのジャムを健康食品に
利用してみないかという申し出だったそうだ

秋子さんは喜んでアレを提供し、成分の強化の要望にこたえたらしい

秋子さん自身も少々食べるには向かないと思うような
レベルのそれができたとき、秋子さんは偶然その申し出の裏を見つけたという

申し出をしてきたのはアンブレラ、という企業だった

表向きの顔と違い、裏は恐るべき生物兵器の開発をしていたという

その中に秋子さんのアレが利用されていた

ウィルスにより発生するその生物兵器の耐性、耐久性を増すことに・・・

 

「気が付いたときには彼らに成分の分析を終えられていました・・・。
もう彼らだけで精製が可能でしょう。二人が見たとおり・・アレは世に出すものではありません」

秋子さんが研究室に戻ると指差した先に二匹のねずみがかなり大きい瓶に入ってるのが見えた

「良く見ていてください」

言って、何か赤い液体を秋子さんは片方のねずみに瓶の入り口から降りかけた

「・・・っ!!」

「・・・あ・・・」

しばらくして液体が振り注いだねずみが、激しく身震いしたかと思うと、
あきらかに化け物と化してもう片方に襲い掛かったのだ

すばやく秋子さんが上から・・・おそらく麻酔なのだろう、を入れ、そちらも沈黙した
そして瓶に水を満たし、栓をした。

「・・・抵抗力の低い小動物、またある程度大きくても致命傷や生命力の低下で
件のウィルスに汚染され、今のような変化を起こします・・・」

「今の液体は?」

まだショックが抜けきらないようすの名雪を支えつつ問う

「・・・私の血です」

名雪がびくんと震えたのがわかった

俺もひんやりと嫌な冷たさが体を覆った

「・・・秋子さん・・・」

「お母さん・・・」

「ええ、試供品だと・・・いっぱい文字通り食わされてしまったんです。
もう・・・一日も持たないでしょう。食べていた分アレに対する抵抗が効いているようですが・・・ 」

名雪はあまりのことに言葉をなくしている様子だ

「直す方法はないんですか?」

「ガンとある意味同じです。早期であれば治療可能だと調査の結果わかりました。
逆に、遅ければ絶対に手遅れ・・・そう、私のように・・・」

さびしく顔をふせる秋子さんは嘘を言っていないのがわかった

「ここにあるのが私の血から精製した血清です。早期、もしくは事前に
投与することでウィルスに対する抵抗を持ち得ます。・・・名雪」

「・・・」

壁にならんだいくつかの瓶を指差した後、秋子さんは静かに名雪を呼んだ

「・・・ごめんなさい。あなたの晴れ姿は見れそうにないわ・・・」

「お母さんっ! どうして・・・どうして・・・」

信じたくない、だが現実は目の前に重くたたずむ

しかも母を抱くことすら許されないのだ、恐らくは・・・感染と・・・

俺は結論を見出していた

恐らくは急激な肉体の変化に加え、強制的に意識が乗っ取られるのだ

正確には無理やり殺され、ウィルスの巣になっていくのだろう、感染対象は・・・

では理性等が消え去ったエネルギーを消耗した生命体がすることは一つ

エネルギーの補充、すなわち捕食

「祐一さん、あなたに扱えるものはありますか?」

「ええ」

ひとっ走り、隣の部屋から一丁の銃を手に取ってくる

・・・重さは普段のものとほぼ同じ

「祐一・・・?」

「名雪、良く聞きなさい。もうすぐ少なくとも数時間たてばあなたの母親じゃなくなってしまう。
それは・・・つらいの・・・だから、だから・・・止めて頂戴」

「・・・そんな・・・」

秋子さんが足で何かのスプレーらしき缶をこちらに転がした

「それの中身はこのウィルスに抗力を発するよう増殖させたウィルスが入っています。
本来なら宿主の生命活動が停止する同時に乗っ取りを始める本ウィルスの活動を停止、破壊する効力があります。
でも時間が足りなくて人体に非常に有害な反応が起きるという欠点を持ちます。
これも先ほどの血清で防ぐことはできます。利用方法はすでに死亡した
何かがウィルスに操作されるのを防ぐ、ということです」

それを拾い上げた俺は今だたたずむ名雪を左手で抱き寄せる

「・・・祐一? お母さん?」

「名雪・・・」

最後に・・・触れ、撫でたいのだろう・・・だが、それができない

秋子さんの悲痛なささやき

困惑の名雪の表情に理解と絶望が混じる

「嘘でしょ、ねえ・・・嘘って言ってよお母さんっ!!」

泣き叫ぶ名雪を片手ながらもしっかりと抱きしめる

「撃ってください。祐一さん」

一言、たった一言、名雪の否定したい考えを肯定してしまう一言

「祐一、やめてよ・・・ねえ、お母さんなんだよ? ずっと・・・ずっと一緒だったんだよ・・・
そんな・・・お母さんがどうして? ねえ、祐一・・・」

俺と秋子さんの間に無意識にか、体を割りいれ語る名雪

「名雪、そこをどきなさい。母としての・・・最後のわがままなんですよ・・・」

「でも・・・」

なおも名雪は俺が秋子さんを撃つという未来を防ごうとしている

「時間が・・・くっ・・・ないんです」

秋子さんを持ってしても限界という物がある

どうやら・・・近いようだ

「早く・・・私を・・・最後まであなたたちの母親でいさせてほしいの、お願い、名雪っ!!」

隠すこともなく流される秋子さんの涙

叫びが部屋にエコーを伴って響き渡る

「・・・お母さんの・・・敵は必ず」

「約束します。名雪は最後まで守ります」

すっと脇に名雪がどき、俺と秋子さんをさえぎるものはない

「二人とも、ありがとう・・・そして、ごめんなさい・・・」

すっと秋子さんが目を閉じ、両手を胸元によせ、祈りをささげるかのような雰囲気をまとう

「・・・」

名雪は目をそらしていない、それが覚悟を持ったものの義務だからだ

そして・・・一発の銃声が響く

 

 

 

 

 

「・・・」

「・・・名雪」

ショックを受けてはいるが、壊れていないのはわかる

壊れることは母親への裏切りだと自覚があるのだろう

「・・・行こう。祐一、あゆちゃんや真琴、香里達を助けに行かなくちゃ」

立ち上がった名雪の気迫は・・・そう

まさにあのおじさんの娘だと実感する覚悟だった

秋子さんを俺が撃った場所、すべてを悟っていた秋子さんが用意していた
焼却用兼埋葬のスペースで秋子さんを埋葬し、隣の部屋に移動した

一通り必要そうなものを取り出し、身に付ける

他にも男手が欲しいところだ・・・

名雪はいつも遊びで使っている銃を中心にこまごまと持ち出した

俺は・・・同じく使い慣れたタイプのものと、そして誰もが物は知っている
マグナムと呼ばれる種の弾丸を撃てるものを選んだ

後は同じくこまごまとしたものだ

 

 

 

そして、日常と非日常が交差し始めた街へと、俺たちは再び身を躍らせた

 

 

続く

 

あとがき

 

なんとはなしに前から組んでたお話をUP.

どこまでやってくかは気分次第ではありますが・・・

 

感想その他は掲示板、もしくはメールにて