ここ…どこだろう…?
ボクは光の中にいた
どこまであるのか、ここがどこかなのもわからない空間…
…それより…ボクは…
「ここは世界と世界の狭間…ですよ」
「誰?」
姿は見えない、でも誰かいる
「あなたに呼ばれました。奇跡を願うあなたに…」
「ボクに?…うん、ボクの…願いは…」
カノン大戦α
〜戦場を駆ける奇跡〜
第二十八話
〜大人の決意、子供の決意〜
「しばらくカノンは使えませんねえ・・・」
「そうか・・・」
クレーン達で固定され、修理されているカノンを見上げながら栞に答える
「でも、コックピット廻りは無事です。単に装甲部分が損傷してるだけですから」
だから時間さえあれば大丈夫です、とにこやかに笑って作業に戻るその背中を見送る
「彼女、大丈夫みたいですね」
「キャニー・・・いつから?」
かかった声に疑問をぶつける
「ずっとですよ。自分のことですし」
「キャニー、一ついいか?」
「はい、なんです?」
息を吸い、覚悟を決める
「俺が・・・T−LINKを、もっと言えば念動力を限界まで使ったらどうなるんだ?」
「無事では・・・無いでしょうね。今のままなら」
キャニーの答えは俺の想像と一部違っていた
「今のままなら?」
オウム返しに問う
「早い話、システムが20の力を引き出そうとしているのに自身が10しか出しきれていない。
となれば無茶が出て、消耗するのは簡単な話です。これ以上はなんとも言えませんが」
なれていない運動をすれば危険、簡単に言うならそう言うことか
「次はいつ来ると思う?」
「先の戦闘であのMAを撤退させたのは大きいです。こちらの戦力をかなり大きく見るでしょうね」
機体からそう遠くには離れられないキャニーに別れを言い、秋子さんの元に向かう
臨時で設置されたように見えるモニターやテーブルの上の地図とにらめっこしているのは・・・
「あ、相沢さん」
「祐一さん、休まなくていいんですか?」
美汐と秋子さんだった
「ええ、大丈夫です。秋子さんこそ・・・」
見た目はいつもどおりだが、どんな疲労を抱えているか、普段は目に見える範囲で示してくれないのが少し困る
「私は大丈夫ですよ。それより、お知らせがあります」
「お知らせ?」
「はえ〜・・・そうですかー」
「あ、じゃあ少しゆっくりできるんだね」
二人に秋子さんから聞いたことを話す
ティターンズが戦線を下げたと言うことを・・・
「舞はどこ行ったか知らないか?」
俺は辺りを見ながら聞いてみる
「川澄先輩なら・・・」
名雪に言われた方向へと向かう
たどり着いたのは日のさしこむ中庭のような空間
研究員が運動でもするのだろうか?と今更思う
ヒュッ! サクッ
「っ!?・・・舞」
地面に投げられ刺さった剣を見て前を向く
「・・・取る。そのために来た・・・違う?」
既に抜きさり、たたずんでいる舞
「いや、その通りだ」
何度となく繰り返された舞との鍛錬
毎回、徐々にだが舞から吸収することができていると思う
剣も、力の使い方も
地面から剣を抜き、足にかける体重のバランスを取っていく・・・
舞を見据え、いつものように挑む
「まだまだ…祐一はバケツの水にもなってない…」
「どういうことだ?」
一通り手合わせした後に言われた言葉に聞き返す
「想像する…ただの水がバケツいっぱい入ってる。それをかけられても痛い?」
「いや、痛くないだろうな」
「…(コク)…じゃあ同じ量で、凍らせた奴だったら?」
「そりゃあ痛いだろう…? つまり・・」
「そう、力は量じゃない、いかに固定化、圧縮するか…」
言って舞はこちらを向き・・・
「『あの子』もそう、見た目小さくても、私の力がしっかり入ってた。だから・・・あの強さ」
・・・納得
そして舞の指導の元、トレーニングが再開される
・・・が、斬り合いではない、何かほかのことのようだ
「・・・目を閉じて漏斗をイメージ・・・」
剣を構えた俺の肩に手をあてる舞の声が耳元に届く
「漏斗・・・理科のアレか?」
舞のうなずきを見、目を閉じた暗闇にイメージする
「・・・祐一。ゴムホースで水を出すとき、どうする?」
離れながら聞こえる声
この瞬間、世界は自分以外は暗闇となる
「どうするってそのままだったり、時には先をつまんで・・・ん?」
目を閉じたままでも舞が剣を構えるのがわかる
「・・・それがわかれば後は簡単・・・できる?」
「・・・やってみる」
俺も剣を構え、息をすう
全身にある力を1箇所に集める感じ・・・
今なら剣か・・・
ふと往人さんが言っていた人形を動かすコツを思い出した
ゆっくりと・・・体に熱が集まるような感覚・・・
「・・・集まったと思ったら、目を開けて振って」
言われるままに振ってみる
・・・お?
「それが基本・・・」
剣が随分と軽い、往人さんと同じ力と言うことは、
剣に対して念動力が働いたということなのだろう
「しばらくは両方訓練・・・」
うなずき、集中を続ける
〜???〜
「なぜ前線をお下げになるのですか?」
声をかけられた人物は無言で男にファイルを渡す
「・・・これは・・・」
「そういうことだ。わざわざこちらが戦力を出すまでもなく奴らは恐らく戦闘不能になる。
そこを押さえれば良いのだ。下げなければあちらも動きにくいだろうとのバスク大佐のお達しだ」
自分たちが失敗したことを非難されたわけではないと知って安堵する兵
「あの奴らが・・・ここに・・・」
「ああ・・・狼の牙が光るんだ・・・」
そのときが近づくのを見逃さぬようにか、モニターに目を移す二人
〜数日後〜
「すー・・・はー・・・」
カノンでT−LINKソードを使うときのような意識の集中
同じやりかただと言われてようやく気がつく俺が情けない・・・
そう言えば剣と魔法の世界において、剣はシンボルとして、媒介して良く使われるという
それは、剣と言うものが何かとイメージしやすいからだそうである
そんな話しを考えながら、何度となく特訓した力の動きを行なう
「じゃあ今度は・・・」
声と一緒に放たれる殺気に自分も戦闘態勢を取る
「ちっ!」
「・・・」
汗もかかない舞を相手に俺は汗だくで立ち向かう
以前までの訓練では舞も汗をかいていた・・・俺の腕が多少はあるからだと思っていた
だが違ったのだ
『まだ弱い俺に合わせて、俺が学べるようにむだな動きを多くした結果』
舞は必要以上の運動をする状況だったのだ
それは今の舞の動き、そのむだの無さと、俺の手応えが証明している
むやみに火花が散るようなきり合いはなく、
互いが相手の威力を流していく
〜野外演習場〜
「弾がいらないってのは便利よね」
「うぐぅ、でも連続で撃ったり、色々やると疲れるんだよ・・・」
調整は終わっているのでクラスターガンダムに戻れば良いのだが、
メカニック達からのデータ取りの要請と好奇心からとで今もあの機体に乗っているあゆであった
今はそんなあゆの調整に真琴が付き合っているのである
「次、行くわよ」
「うんっ!」
声に続けてあゆから離れた場所にMSの姿をしたバルーンが現れる
「・・・光の・・・矢ぁぁーーーーっっ!!」
まずは武器としての能力を十分扱えるように慣れる、を目標にした訓練が始まる
今は発動までの時間は二の次のようである
100m、300mと徐々に離れた場所に出てくるバルーンをあゆは順序良く撃破していく
「ふぅ・・・」
「あぅーっ、そんなに辛いの?」
あゆの声にさすがに心配そうに通信を送る真琴
「あ、ううん。ボクは名雪さんと違って射撃が大得意ってわけじゃないもん。思ったより狙いにくいからだよ」
事実、あゆは矢を生み出すタイミングやその集中の仕方をだいぶつかんできていた
〜中庭〜
「…行く…はっ!」
土煙を上げ、舞が迫ってくる
「くっ! せいっ!」
キィンと金属音を立てながら自分の剣を噛み合わせる
男の俺が押されるほどの力
乗せ方と、使い方が上手いのだろう
今の舞の背後にはあの日の彼女が薄く浮かんでいる
「…先生じゃないから教えられるかはわからない。だから盗(と)って」
自身はあの冬の後、ちゃんとした『剣術』の先生に教わり、
免許皆伝レベルまで最短の期間で到達し、今では独自のアレンジの域まで来たらしい舞
一度は捨てた剣、だが舞はそれを今自分の物にしていた
そんな舞に俺はいくつかだが技のパターンを学び、自分のものにするべく訓練をしていた
タンッ
舞が背後に飛び去るようにして間合いを取る
これから行なわれるのは舞曰く、第一の試験、らしい
出される技もわかっている。そしてそれを消すために必要なことも
後は俺が実践できるかどうかだけ・・・
「避けずに、受けずに、『消して』…川澄流表技、水月!!」
「おうっ! 川澄流表技、地擦り…朧っ!!」
対する俺は掬い上げるような一撃に力をこめる
舞の剣から不可視の、魔物と同じ感覚の力が迫るのがわかる
そして俺の剣からも上手く飛んでいくのがわかる念動の刃
(く、練りが甘いっ!?)
放った瞬間わかった結果に冷や汗が背中を伝う
形容しがたい音を立て、何かが何かと空中でぶつかる
「つっ・・・」
吹き散らされた力の破片が頬を浅く切る
「・・・まあ、よくやった」
「・・・そうか」
舞に習うかのようにして同じく地面に剣を刺す
〜ブリーフィングルーム〜
「ふぇ〜…イングラムさんですかぁ…」
「ええ、他にもシュウ博士もです…」
あの機体について得られたデータはT−LINKではないが、精神を利用して駆動するもの、
舞さんのように人間の持つ力そのものを使うタイプ、それらが入っていた
「正直、私がわかる範囲では特に危険なシステムや機構はありませんでした」
「・・・やはり調査が終わるまで使用させないほうがよかった気もしますが・・・」
「佐祐理も天野さんと同じ事を考えてました」
そんな二人の視線を受けた栞がうなずく
「確かにそうです。ですが、兵器の一番重要なことは何か、使われつづけてデータを取る、です。
だからまず間違いなく、乗っていたから、という危険はないと思います」
楽観的と言えばそれまでの考えですけど、と付け加える栞
プシュ
「あ、少将」
美汐の声に礼をする三人
「私だけですから構いませんよ」
秋子はそう言って書類を三人に渡す
「これは・・・、時期が来ましたか」
「良い知らせと悪い知らせは同時にやってくる、まさにドラマですね」
「ふぇ〜、これで少しは楽なんでしょうか・・・」
三者三様の反応
それは折原浩平達、シャイン・シーズンが新造艦を受領するための場に無事到着したこと
そして、ティターンズの戦力調整が終わったらしいという報告だった
「私は極東支部等への連絡がありますのでこれで・・・」
「あ、できればその前に・・・」
栞が駆けより、あゆの機体のことについて話があると伝えた
「了承。行きましょう」
〜野外演習場〜
(・・・あれ? ジオン系のバルーンなんて初めてだよ・・・)
かなり遠くにわずかに見えた姿
登録されたデータの中からそれがケンプファーであることを示す表示が出ていた
(とりあえず・・・)
「真琴ちゃん、あれも撃つね。エンジェル・・・アローーーっ!!」
「あぅ? もう全部・・・え・・・!?」
光の向かった先、そちらを向く前に真琴はあゆの機体を突き飛ばしながらも自分もその反動で身をかわす
先ほどまで二人がいた地点にショットガンの弾があたり、地面をえぐる
「うぐぅ、敵!?」
『はっはぁっ! よく気がついたねえお嬢ちゃん』
突然届いた通信、それは相手のMSからだと示されている
「あぅー・・・おばさん?」
真琴が思わずそう返事をする
『誰がおばさんだって!? ・・・怒るよ』
通信の間に真琴があゆとその機体との直線状に割って入った
「うぐぅ・・・?」
「・・・遠距離通信ができなくなってる。意味はわかるわよね?」
「・・・どうするの?」
相手への双方向回線を切り、あゆへと通信を行なう真琴
気がつけばミノフスキー粒子が戦闘濃度まで散布され、研究所への通信ができなくなっていたのだ
何かを待つように遠くから動かない相手を警戒しながら真琴はある確信を持って言葉を続ける
「あゆ、あんたは研究所に戻って応援を呼んできなさい。ここは・・・真琴が止めるわ」
「うぐぅっ!? ボクに真琴ちゃんを見捨てろって言うの!? それより二人一緒に帰ったほうが・・・」
慌てて真琴に食い入るようにモニターに顔を近づけるあゆ
「馬鹿言わないでよっ!!」
真琴の叫びに体を硬直させるあゆ
「いい? このまま二人が留まれば増援のないまま、
相手の増援に叩かれるか、そして別働隊に気がつかないまま
研究所が襲撃されるか。そして一緒に撤退すれば無傷の相手を研究所に導くことになるわ。
何よりああやって動かないことが、増援がいるって言う何よりの証拠だもの。
普通、こんなこと話してる余裕なんか無いわ」
一気にしゃべり、集中するように目を閉じる真琴
「真琴ちゃん・・・」
「行きなさい、あゆ。早くっ!!」
目を開き、機体を最初の一機に近づけていく真琴
「うんっ! 絶対、絶対死んじゃ駄目だよっ!?」
「NTなのよ、真琴はっ!」
そして二人の少女は駆ける
それぞれの方向へと・・・
〜研究所格納庫一角〜
「これがそうですか・・・」
「はい・・・」
各方面への連絡を前に栞に案内を受けるために秋子が
訪れた格納庫で、 あゆの機体のスペアパーツを見ながらつぶやく
「あゆさんが帰ってきたら本体を見てもらえると思います」
「っ!」
「どうしました?」
秋子の反応に声をかける栞
「いえ・・・気のせいのようですね」
二人して首をかしげる
「ち・・・少将さんか・・・やるな・・・」
物影で一人の男がつぶやいていた
「あれが戦力の一機か、可能ならばば奪取、不可能なら破壊、か」
手の中の炸薬をぽんぽんと跳ねさせる
「時期を見なきゃな。ミスったらまたどやされちまう」
まだ若い風貌を持つ男はそう言って発見されないようにその機体、搭乗者のいないクラスターガンダムへと近づいていた
『正気かい? それとも覚悟を決めた?』
「どっちでもないわ。いえ、正気、ってことよ」
開かれた演習場から一転して木々の生い茂る林へと戦場はうつる
互いの放つショットガンが木々をなぎ倒し、一部を炎上させていく
『はん、舐められたものだね。聞いたことないのかい? 私達は・・』
「闇夜のフェンリル隊、違う?」
キッとまさに獣と言うにふさわしい鋭さでモニターの機体に目をやりながらこたえる真琴
彼女も足手まといになる部分を少しずつ埋めるためにも、と
厄介、まともに戦うなと噂される相手を調べていたのだ
『・・・驚いた。どうしてだい?』
「簡単よ。こんなタイミングで、こうやって攻めて来るジオンの隊なんてあんた達以外にいないわ」
興味がわいたのか、攻撃の手を休めた相手に自分も休めて言う
『正解、だけどね・・・』
相手の言葉が終わる前に真琴はその場からZを離脱させた
『避けた!?』
「甘いわよっ! 増援がいないなんて思ってるとでもっ?」
すばやくビームカノンを増援の方向に撃ち放ちながら真琴は叫ぶ
「真琴は『増援を含めて全て』を相手にしても時間を稼ぐつもりで残ったのよっ!!」
Zがその身を震わせるようにする
瞬間、相手の視界から、正確には敵の姿を映し出すはずのCGが掻き消えた
一瞬後、背後からの爆発的な殺気に敵MS、サンドラ少尉は自分の機体に回避行動を取らせた
Zのビームサーベルが光り、ショットガンが半ばから切り落とされる
一気にブースターをオーバーフローさせた真琴が間合いを詰めたのだ
『なっ・・・』
サンドラも、増援の一機も驚愕に一瞬反応が遅れる
その時間は十分過ぎる時間だった
その時間の間に真琴はZに間合いを取らせる
(ここで撃破してもその隙にやられるっ!)
伸びた思考の中、真琴は瞬間の思考を終える
NTとしての、真琴自身の持つ妖狐としての能力か、真琴はその瞬間、時の長くなる時間にいた
自分の体調、機体の調子も感覚的に全てが入ってくる
『ソフィっ! 援護っ! 他の奴らも油断しないほうが良いよっ!』
双方向のままだったことに気がついた相手の通信が切れ、戦いが始まる
真琴自身、この世界が長く続かないと自覚があった
だからこそ、それまでに相手に有効な打撃を与えなくてはいけなかった
「・・・あれはっ!」
一人バードウォッチングのため(遠距離を目標にする良い訓練として、だ)
外を望遠鏡で見ていた名雪は遠くに光る爆発を見た
「誰? ・・・って考えてる場合じゃないよねっ」
名雪は昇っていた木からすばやく降りると木に登るために使った自分の機体に乗りこむ
「・・・あゆちゃんっ!?」
恐らくは応援を呼びに来たのだろうと判断した名雪はあゆとすれ違うようにしてガンダムを飛翔させる
「・・・!?」
不時着するようにしているのはあゆの新しく乗り始めた機体・・・
「・・・何かあった・・・? 祐一」
「ああ」
俺は舞と一緒に格納庫に走り出す
「はぁはぁ・・・あ、秋子さんっ!」
「あゆちゃんっ! どうしたんです?」
格納庫に駆けこんだあゆは秋子を確認するなり叫ぶ
このときのあゆには近距離通信で知らせると言う考えが浮かぶ余裕は無かった
「真琴ちゃんが、真琴ちゃんが・・・うぐぅ、はー・・・すー・・・」
秋子に背中を撫でられ、深呼吸するあゆ
「演習場に敵が来たんだよっ! データからしてジオン軍のだったよっ!」
あゆの叫びに格納庫にいたメンバーに緊張が走る
「私、祐一さんや舞さんに知らせてきますっ!」
走り出す栞の顔にも同じ緊張があった
「じゃあボクは戻るよ」
整わない息を直そうともせず、あゆは機体に戻ろうとする
しかし
「おっと、待ってもらおうか」
脇から飛び出した男、フェンリル隊所属の少尉、ニッキ少尉があゆを背後から羽交い締めにした
「あゆちゃん!?」
秋子の悲痛な叫びが響く
周囲のメカニック達もこの事態に動けない
「残念だが、邪魔してもらっちゃ困るんでね・・・ま、本当は人質なんて姑息な真似はしたくない。
そうでもしないとまともには勝てないようなんで仕方ないって言えば仕方ないけどな」
その言葉に自分たちと相手の戦力を正しく判断した上での発言だと秋子は悟った
「うぐ・・・うぐぅ・・・」
さすがにあゆもいきなり泣き出すと言うような真似はしない
だが、その心の中は恐怖で一杯だった
殺されてしまうかもしれない、何より・・・
自分のせいで誰かが危険な目に会う、これが一番嫌だった
「あゆちゃんを解放してください…私のほうが価値はあるのでしょう?」
秋子は相手を刺激しない位置まで歩き、静かに言い放った
実際、少将としての秋子は十分過ぎる人質である・・・何より
「何故だ? あんたは少将、しかも重要な意味を持つ。なぜ自分を危険にさらす?」
ニッキが不思議に思うのも無理は無い、普通は立場を考えるからだ
「自分の子を守らずしてなんの親ですかっ!!」
秋子の涙混じりの叫びにあゆだけでなく、ニッキも含めてすべての人間がその声に体を震わせる
「っ! あゆ・・か?」
感じる波動、誰かの恐怖の感情
覚えのある感情はあゆに間違い無かった
「祐一、遅い」
「ぐは・・・そうは言っても・・・」
舞とはどうしても走りに差が出る
「まい、手伝って」
「はーい♪」
走りながら舞が口にした途端、二人の近くに半透明の数人の少女が現れる
「へ?」
まいは一人だと思っていた俺は硬直し、その隙に持ち上げられた
・・・まい達に
よくよく考えればあの時期、彼女らに思いっきり吹き飛ばされたりしたんだよな・・・
「「「えっほ、えっほ」」」
状況に似つかわしくは無いような可愛い掛け声と共に俺は彼女らに持ち上げられ、横になったままでかなりの速度で動く
・・・これなら速そうだ
舞はその隣に無言で走っておってくる・・・さすがだ
「駄目だな」
一瞬の硬直の後、ニッキは言い放った
「何故です?」
それでもめげずに言い寄る秋子
「簡単だ。人質が誰であろうとあんたらは手を出せない。なら抵抗の可能性が少ないほうがいいに決まってるだろう?」
俺だってこんな子供を人質になんかしたくないぜ・・・と彼が思っていたとは誰もわからない
「なら・・・私を撃ちなさい。それでは満足できませんか?」
「「なっ」」
あゆとニッキの声が重なる
「駄目だよ秋子さんっ!」
「黙ってろっ」
耳元の声にあゆが押し黙る
「その代わり、あゆちゃんは後でもいいですから解放してください」
ニッキは考えた。どうする、と
ここで申し出を受けずに脱出するのがいいのか、
少将として秋子を消すのがいいのか、非常に難しい条件だった
そして・・・
「わかった。なら手をあげな」
言われるままに手を上げる秋子
あゆは叫ぶこともできずに細かく体を震わせるだけだった
「じゃあな、少将さん…俺も守りたい奴らがいるんでね…」
構えられた銃…そして…
バタンッ
「「「そーれっ!」」」
「秋子さんっ!! 舞っ!」
「せいっ!」
まいに投げられた祐一と走り出した舞が剣を構える
「ち、遅いっ!」
ニッキは構わず銃を撃ち放った
・・・が
キンキンッ
滑りこむようにして、舞とともにぎりぎりのところで
感じるままに剣を振りきり、銃弾を弾く
「な…」
驚いた敵の顔を見ながら油断なく秋子さんとの間に入る
舞に言われたように相手の殺気とでも呼ぶべきものを読み取った上での行動の結果だった
「祐一さんっ!?」
「ち…撤退時か…少将さん、変な人だなアンタ、でも嫌いじゃないぜ・・」
ニッキは不利と悟るとあゆを解放しつつ、クラスターガンダムに飛び乗った
メカニック達が銃を携帯しているはずも無く、ニッキの行動を止められる者はいない
「く、奪取された・・・のか」
「…自分で守る覚悟を持たずに自分の子供達を戦場に送り出す愚か者じゃありません…私は…」
自分の腕の中で泣き崩れるあゆを撫でながら秋子はつぶやく
「・・・行く」
「ああ、秋子さん、行ってきます」
「はい」
そして秋子は再び子供達を戦場に送り出す
「うぐぅ、ボクも行くよ。じっとしていたくない」
流した涙をごしごしこすりながらあゆが言いきった
秋子は静かにあゆの頭を撫で、微笑んだ
三人が、出発する
〜演習場近郊〜
「あぅ!」
真琴は自分の状況がいかに辛いものかがわかっていた
それでも抜かせるわけにはいかないのであった
『がんばるわね・・・でもっ!』
「あぅーーっ!?」
背中を走る悪寒にとっさの回避行動を取らせたものの、形容しがたい衝撃がZを襲う
『あら・・・』
外れたのがまさに奇跡、という感想を持った声が真琴のコックピットに届く
敵の、ソフィ少尉がMSで掌打を放ったのだ
直撃は免れたが、機体全体に響いた衝撃が動きを鈍くさせる
(・・・やばいっ!?)
硬直した真琴を回避するようにどこからかビームが飛んでくる
(この距離、方向・・・名雪!?)
そう感じた真琴はなんとかZを後退させる
「真琴ちゃんが一人でっ」
「わかった、待ってろよっ!・・・くっ!?」
Gに耐えながら回避させた後を何かが通りすぎる
『良く避けたなあ坊主っ』
「・・・舞、行ってくれ」
「・・・了解」
祐一は舞を先に行かせ、別働隊だった相手、マット軍曹と無言のレンチェフ少尉を相手にすることにした
「識別データ称号・・・陸専用MSイフリート、ドムトローペンですね。形は」
冷静なキャニーの声
今思えば、それも俺の力を引き出すために取った行動だったのだと気がつく
〜研究所某所〜
「辛いですね」
「ええ、いつもそうです」
無言が二人の間に下りる
「いつも子供達を送り出して、自分の出した作戦で帰ってこないかもしれない。
蒼の知将、なんて呼ばれても怖いものは怖いんですから」
秋子の言葉に美汐は沈痛な面持ちでうつむく
『坊主、良い生き方だ。お前みたいに全員が生きれたら楽しいだろうなあっ』
「く・・・なんでだっ!?」
相手のからかうような声に焦りを感じながらも、当らない攻撃を続ける
「とんでもないですね、彼らのMS、完全に別物に思えるほどの機動力です。
それをあのパイロット達がうごかしているわけですから・・・」
闇夜のフェンリル隊、一年戦争時各地で連邦軍の中で名があがった部隊
発足から結局、一人の戦死者をも出していない
奇跡とも、幸運とも言われる中、その裏にはメンバーの確固たる腕と信頼があったという
「あゆ、そっちはっ!?」
「同じだよっ! うぐぅ、速いよ・・・」
あゆは相手の機動力を考えて小さ目の矢を連射するがそれらも当らない
『おっと、ここまでだっ』
「何っ!?」
突如として爆発が起き、辺りが一瞬で煙幕に包まれる
コックピット内を占める雑音に顔をしかめる間に気配が遠ざかるのを感じた
「・・・逃げた・・・のか?」
そうとしか考えられなかった
「・・・恐らく、クラスターガンダムを奪ったパイロットが戦域を離脱したんでしょう。
こちらの戦力を封じるのが目的だったはずが、失敗したので撤退。その手土産、でしょうか」
格納庫での一件を受け取ったキャニーが分析する
「くそ・・・まだか。まだ足りないのか・・・」
悔しそうにうめく祐一の手に添えられる手
「慌てないでください。腕は上がっても、経験は簡単には埋まらないんですから・・・」
「・・・そうだな・・・」
今はここをしのいだだけでも良しとしなければならないのか・・・
『俺達だって負けるわけには行かないのさっ!』
そんな声を聞いた時、うなずいてしまった
自分が絶対の正義なんかじゃないってわかっているから・・・
それでも・・・
「立ち止まって後悔する訳にはいかない・・・」
それだけは確かだし、決意していることだった・・・
続く
次回予告
浩平達の新母艦受領に伴い戦力を宇宙へと移す案が出たプロミスリレーション
だが祐一たちには研究所が大丈夫なのかと言う不安から乗り気ではなかった
それでも打ち上げ作戦は進んでいく
そんな中、打ち上げに合わせたティターンズの襲撃が迫る
・・・強化人間の姿もそこにあった。そして・・・
「久しぶりだね。二人とも」
「橘さんっ!」
「敬介、あんたはっ!」
邂逅する一年戦争の戦友達
「ふふ・・・蒼の知将と白銀の鷲のタッグ復活ね」
「ですね。できれば復活しない時代になって欲しかった物ですが・・・」
戦い抜いた大人達の考えが交錯する中、祐一たちはどう動くのか
「俺は、俺達は行きます。秋子さん、そして、自分の大切な物を守るために」
「行って・・・らっしゃい・・・」
秋子の涙の激励を受け、再び光が宇宙へと伸びる
次回カノン大戦α第二十九話
〜昇る希望〜
後書き
「フェンリル隊はゲームジオニックフロント、もしくは同名の小説を参考にしてください」