「宇宙…か」
星空を見上げる俺の胸にうまれた感情は…後悔? それとも…
カノン大戦α
〜戦場を駆ける奇跡〜
第二十九話
〜昇る希望〜
「打ち上げ…ですか?」
「そうです」
新しく支給された艦長用の軍服を受け取った美汐の質問に簡潔に答える秋子
「基本ですから、戦力の集中は…」
冷静に言い放つ秋子の表情はどこか硬い
「ですがっ…あ…」
なおも食い下がろうとする美汐を手で制する秋子
「これを…」
「…これは…ディスク?」
「形見なんて言うつもりはないですから安心してください。
今度宇宙に出れば今まで以上に苦しい戦いになるでしょうから…」
これで少しでもお勉強してください、と秋子は続けて美汐と共に部屋を出る
…向かう先にいる子供達に伝えるために
「反対です。うぬぼれかも知れませんが、俺たち以外にティターンズから
大きな被害を出さずに地上を奪回できる戦力があるんですか?」
名雪達も細かいところはともあれ、同じ思いのようだ
自分たちに宇宙へと上がれと言った秋子さんを複雑な表情で眺めている
「わたしたちの目標は地上奪回ではありません」
「でもっ…」
反論しようとしてもそれ以上言葉が続かない
『秋子さんが心配だ』
そう言っても、秋子さんが困るだけだと言うのがわかってしまったからだ
「…地上にはカラバもいます。極東地区の研究所とも協力すれば
守りきることぐらいはできます。今はロンドベルが消息不明、
あなたたちと、シャインシーズン、祐一さんの言う通り、
連邦の三強の部隊のうち二つが別々の場所にいる。これは問題なんです」
言葉を止め、秋子さんはその場にいる全員を見渡し、表情を変えた
「敵は多く、そしてさまざまです。動ける戦力で、まさに切り札を用意しておかなければ
何かあったときに手遅れになりかねません。そして、そんな敵は宇宙に多いのです」
「生きなさい、勝ちなさい。そして、あなた達の手で、平和を掴みなさい。
これはあなたたちの上官として、そして…母としてのお願いです」
いつも優しい秋子さん
そして、暖かかった秋子さん
その言葉には、そんないつもの秋子さんと同じ、
だが普段は前に出さない感情を感じた
俺はこんなときどうすればいいのか良く知らない
だから…
「水瀬少将に敬礼っ!」
ザッ
〜フェンリル隊ホバートラック〜
「また増えるんですか? いい加減整備するにもスペースが問題ありますよ」
口では文句を言いながらも、連邦の機密とも言えるガンダムと言う機体を前に、
フェンリル隊のメカニックであるミガキは顔をにやけさせていた
メカニックにとって見ればまさに幸せの一つであった
「残念だがいじっている時間は多くない。すぐに動くからな」
ファックスで送られてきた指令をシュレッダーにかけながら
フェンリル隊隊長、ゲラード・シュマイザー少佐はつぶやく
「我々は上に上がる」
「上?…宇宙ですか」
一年戦争の開戦から今まで、地上のみを戦線としてきた
フェンリル隊にとっては初めての大気圏脱出となる
「どうやら上はティターンズと裏工作をしているようだ。
我々のように名が売れている部隊は地上に少ないほうがいいらしい。
…気に食わんことだがな。上に上がってこいとの命令だ」
「隊長、つまりあの小僧どもと次に戦うのは宇宙ってことですかい?」
奪取した機体、クラスターガンダムを見にきたのだろう、
オースティン軍曹が日を頭に光らせながら近づいてくる
「相手が宇宙に上がってきたならば、だがな」
久々に手応えのある相手と戦えて血が騒いでいるのだと
ゲラードは見ぬいていた
「ニッキと違って素直に育ってくれそうな相手だったんだが…敵ってのが残念です」
「俺は素直じゃないってことですか? 心外だなあ」
階級で言えば、不自然とも言える口調を誰も気にしない
それがこの部隊だからだ
「それで、どうした。ただこのMSを見にきたわけじゃないのだろう?」
「はい、隊長。ティターンズが例の研究所を本格的に
掌握するために部隊を動かしていると言う情報がきました」
「ティターンズの奴らは表向きは自分たちと同胞を攻撃してるくせに
よくもまあ世論が騒ぎませんな? 信じられん話です」
大げさに肩を揺らせるオースティンに目をやりながらゲラードは報告書に目をとおす
「…それだけ連邦も節穴だと言うことだ。我々は手を出さない。
下手をすれば余計な損害を出すからな」
ゲラードは手近のシュレッダーに報告書を放りこむ。後はさらに焼却されるシステムだ
「ま、その節穴のおかげで我々も上がれるってわけですからね」
そしてフェンリル隊は持って上がれない機体の破壊、自分たちの打ち上げの準備をはじめた
「あゆ、機体の名前は決めたのか?」
「あ、うんっ」
栞と一緒に機体の調整をしていたあゆに声をかけ、機体を見上げる
「残念だ。まだだったら俺がつけてやろうとしたのに」
「うぐぅ、どんな名前? 一応聞いておくよ」
なぜか警戒した様子のあゆと機体を見比べ、
「食い逃げお嬢一号」
「うぐぅ、そんな名前嫌だよっ! …もう、ダイアナ、だよっ」
ぺちぺちと機体の足を叩きながらあゆが頬を膨らませて言う
「…月の女神、一般呼称はアルテミスのほうが有名…」
「舞? あ、訓練の時間か…」
コクッとうなずく舞について場所を移動する
ダイアナ…か、見た目も女性系な感じのタイプだし、あゆにしてはいい名前じゃないのか?
〜ティターンズ施設一室〜
「戦闘が始まったら自由にさせていただきますよ?」
「構わん。相手に勝てれば…な」
言いきられた男、敬介は内心その言葉に怒りを覚える
「ありがとうございます。吉報を…」
表には出さずに一礼し、部屋を出る
(あの部隊にはNTがいると言う話…真実と言うことか…)
『ニュータイプ』
彼の人生において良くも悪くもここまでウェイトを占める単語は他にそうはない
今の彼にとってニュータイプは…
プシュッ
「出番が来た。君達の力を見せるときが…な」
普段の彼…いや、前の彼を知っている彼女らなら
別人とも思える鋭さと威圧感で、彼は部屋に待機していたメンバーに語りかけた
部屋にいたのは男女合わせて十人に満たない集団
(後戻りは…できないんだよ郁子)
幻想とも思える中で彼女が悲しんでいるのは
自分の良心のなせる現象かと敬介は自嘲気味に顔をゆがめる
『後2Gです・・・』
「…ぐ…」
もうまともな声も出していられない
簡単に言うなら遠心分離機とでも説明できそうな機械、
パイロットの耐G訓練のために使われているものである
『後10…8…』
俺は戦闘以上の体にのしかかるGに意識を持って行かれないように必死につなぎとめる
『4…3…2…1…お疲れ様でした』
徐々に動きの止まる機械の中で俺は血流が戻ってきたために
体全体が熱くなるのを感じていた
薄暗かった視界に光が入る
「立てますか? 祐一さん」
差し伸べられた栞の手につかまって立ち上がる
少々ふらつく感じはするが問題はないようだ
「どうだった?」
「水準は超えました。ここまでかかるのはフルパワー時のみですから
ほとんど大丈夫ですよ。じゃあ準備をしておきますね」
「敵さん来るかな?」
少々退屈なのか、映る名雪の顔が眠たそうだ
「来る。俺が相手なら絶対にここで仕掛ける」
T−LINKの反応に意識を集中させながら周囲を警戒する
俺達が横陣を展開する背後ではグレイファントムが打ち上げ用の
ブースターをつけられるために待機しているのだ
「真琴」
「あ、うん。今のところは…」
「通信も明瞭。特に問題ありませんね〜…舞?」
佐祐理さんが横陣の中央、右に真琴、俺の順、左には名雪、舞の順だ
「…見えないけど、見てる」
…?
映像の中の舞はどこか遠くを見据えていた
「うぐぅ…静かだね」
風もない、静かな時間
そのときの俺と舞の行動は速かった
「シールド前方展開っ!!」
「了解っ!」
三人をカバーするように範囲を広げながら前方に踊り出、
舞も一緒に防御を展開する
展開の広さと、とっさにはったせいで集中が足りず、幾条もの
メガ粒子がシールドを突き破る
土煙のあがる背後では、それを佐祐理さんが防いでいた
シールドを構えたガンダムの中で笑顔で佐祐理さんは微笑んでるに違いない
「カノンより艦長へ。敵襲だっ!」
遊撃の俺達に対して防衛のフロウセイバーへとこれで連絡が行くだろう
コックピットに次々と映し出される敵のデータ達に顔をしかめる
「またか…」
距離は遠いが、サイコガンダムMk=Uが出てきていることがわかった
それにしても…
『あー、もうっ! 一体どれだけいるのよっ!?』
『うぐぅ、いっぱいだよぅっ』
近距離通信もノイズが入ってきた状況下の真琴とあゆの叫びがすべてをあらわしていた
過去、連邦対ジオンの戦線において、連邦の物量はときに
ジオンとの量と質との戦力比を根本的に書き換えたという
「T−LINKシステム出力安定しています。
アブソリュートシールドいつでもフル稼働できます」
トップは俺と舞、中央が真琴、名雪、あゆ、バックアップが佐祐理さんだ
『テスラ研および活動部隊に通達する』
「通常回線のようです。映像まわしますっ!」
突然の音声にタイミングをずらして出てきた映像
それには若い男性が映っていた
『こちらはティターンズの橘敬介少佐だ。諸君らは独断の元に軍を展開し、
周回にあたっていた部隊を一方的に撃破したという嫌疑がかかっている。
武装を解除し、こちらに従いたまえ。先ほどの威嚇射撃はこけおどしではない』
見た目に反してかなり威圧的な態度に驚いきながらも、
その言葉の理不尽さに怒りを覚えていた
「威嚇? 防御しなきゃまともに食らってたぞ…」
こちらのセンサー外からあれだけの出力のメガ粒子砲を威嚇と言い張るとは…
「研究所側も回線を開いたようです」
『久しぶりですね、敬介さん』
秋子さんはこの男を知っている・・のか?
『…答えは?』
秋子さんを見て一瞬表情を動かしたものの、彼は一言で返した
『却下です。前のあなたはそんな人じゃなかったはずです』
相手を見据える秋子さんの瞳は寂しげだった
『人は変わるものだよ。…進軍』
開放されたばねのように、俺と舞は機体を反発するように左右へと加速させる
急激な機動に周囲が土煙で包まれた
「ライフル拡散モードっ! GOっ!!」
右方向へと加速しながら両手にそれぞれ持たせたフォトンライフルが光を放つ
弾は土煙を貫いて向こう側へと消えていく
全部は無理だがいくらかはあたったはずだ
「アブソリュートシールドは全身に軽度で展開。近距離戦、行くぞっ!」
ライフルを収め、先制攻撃に混乱する敵陣に向かう
「うぐぅっ、とにかく減らさないとっ」
視界には必ずMSが映るというまさに物量
「闇照らす月の光よっ!」
引き絞られた弓から矢というより光の玉となって敵陣に伸びる
音が聞こえそうな勢いでそれはじけ、辺りに降り注ぐ
「チェンジっ!」
別に声に出さなくてもいいのだが、こだわりといえばこだわりらしい
弓を背中にしまうと、あゆはダイアナにジャベリンを構えさせ、動きの鈍った相手に迫る
「秋子さんは…お母さんはやらせないからねっ」
ダイアナの槍舞に手直の二機が頭部をつぶされ、その視界を封じられる
「次っ!」
『後ろっ!』
視界を失い、がむしゃらにあわせられた照準がダイアナを捕らえた瞬間、
真琴のZが滑り込むようにしてライフルを構えたその腕を切り落とす
「うぐぅ、ごめん」
『しゃべってるひまあったら少しでも動くのっ』
一言で言い放つと真琴はZをダイアナから離し、ウェブライダー形態へと移行させる
「単機で空中飛行!?」
そのMSを認め、名雪はとっさに機体を降下させる
数瞬遅れ、空をメガ粒子の輝きが伸びる
「機体はすごいけど活かしきれてないよっ、えいっ」
相手のパイロットが逆にその機動性に翻弄されているのを見て取り、
立て直す前にそのブースター部分へとビームライフルを直撃させる
「次はもっと訓練するといいと思うな。聞こえないだろうけど」
墜落する機体に一瞥すらせず、まだまだいる他へと意識を向かわせる
「来た…真琴っ! あたらないようにねっ」
聞こえない相手への激励
それが聞こえているかのようにVガンダムのそばを飛んだZからのショットガンがガブスレイの一機を撃ち落とす
まだまだ始まったばかりである
『避けた!? 化け物かよ!?』
「通信…双方向…」
もうそれを聞くことのない相手につぶやくように舞は言葉をはく
地表すれすれをホバーするように滑空させ、舞は敵陣の真っ只中にいた
一機のマラサイが照準を合わせ、ビームライフルを放つが、
逆に、踏み込むように加速したサーバインはそれを残像にすらかすらせずに回避する
相手から見れば真横に慣性を無視して動いたかのように見える軌道だ
死角を取った剣客のように、舞はマラサイのバックパックを本体から切り取る
「…逃げたければ…っ!?」
とっさにサーバインは回避したが、動力源を失い、
動けなくなったマラサイへと回りからの攻撃が直撃する
「…味方がいるのにっ!」
舞の感情の高ぶりにしたがって機体が、舞の体が光を帯びる
力の解放に動きの止まったサーバインにティターンズカラーの
ガンダムMk=Uの放つ拡散バズーカが迫る
爆音を立て、サーバインの周囲が弾幕に包まれた
くるくると回転しながら木の葉のように吹き飛ばされても、舞は落ち着いていた
自分のバリアが衝撃は消さないのはわかっていることだからだ
…ズンッ
地面が沈んだのは着地の衝撃か踏み込みの衝撃か…
「…せあっ!」
接近に気がつきガンダムMk=Uのサーベルから刃が
生まれるその直前にサーバインのビームソードが構えた右腕とその半身を切り落とした
『あくまで徹底交戦、かい?』
敬介のあざけるような声が再び全周波数で戦場に流れた瞬間、
祐一や舞、そして真琴たちは戦場の空気が変わったのを肌で感じた
『でも、これで終わりさ』
(…何?…来るっ!)
自分の感覚を信じて舞はサーバインを後退させ、そのまま反転する
「エネルギー反応の移動を確認。サイコガンダムMk=U、動きますっ!」
来たか…でも
「他にも何かいるな・・・なんだ?」
悲しみと、怒り…そして渇望…
判別しがたい感情の渦…
共通しているのは…こちらへの…敵意
「サイコガンダム後方よりエネルギー反応来ますっ!」
シールドで軌道の変わった赤いビームが空へ消える
「ちっ、物量の上に質までか…厳しいな」
すでに俺達の横陣は少なくない数に突破されている
後ろで佐祐理さんががんばっているはずだが…
「逃がしませんよっ! はっ!」
センサーをフル稼働させ、いち早く発見し、射撃する
単機でできる活動としては異例の行動範囲
だが、それでも物量の前に徐々に押され始めていた
後方は後方でフロウセイバーの面々が押さえてくれているので集中できるのが救いか
(抜かれたのは3…4…これからもっと増える…)
一人でいるということが佐祐理の思考を静かなものにしていく
(…相手にはあってこちらにはないもの、…それは援軍)
『このままでは負ける』
自分たちにはグレイファントムという最大のアキレス腱があるということが重くのしかかる
(また一機…えっ!?)
抜かれたと思ったそのジムクゥエルが後方からのビームに
コックピットを撃ち抜かれて沈黙したのを佐祐理は信じられない表情で見る
来たのだ…
『ほらほらっ、ぼーっとしてるとまた抜かれるわよっ!』
援軍が…
「あ、はいっ!」
接触回線に思わず返事を返す佐祐理
その表情はいまだ驚いたままだ
『よーし、前の援護に行くからね? みんな、ここは任せたわよっ!』
加速し、自分の前に出るその白銀に色塗られたディジェSE-Rに慌てて追いつく佐祐理
(・・・白銀…まさかっ)
自分の考えを確かめる暇もなく、敵の迎撃をしなくてはならなくなる
『助かりました』
『ふふ・・・蒼の知将と白銀の鷲のタッグ復活ね』
秋子に微笑み返す由起子
『ですね。できれば復活しない時代になって欲しかった物ですが・・・』
悲しい表情の秋子に由起子も深くうなずく
『ま、そうも言ってられないってわけね。まずは…アイツね』
『敬介っ! 出てきなさいよっ!』
『由起子まで来たのか、久しぶりだね。二人とも』
内容はおだやかだが、口調と表情は違った
(やはり…秋子少将と一年戦争時、戦死者数が最低だったという蒼の知将と白銀の鷹、
二人が…この二人だったなんて…)
どこからか由起子がつれてきた増援部隊とともに防衛ラインを形成しながら佐祐理は一人考えた
『敬介、こんなことして郁子が喜ぶとでも思ってるのっ!?』
『泣いたって郁子が戻ってくるわけじゃないからね』
俺は三人の通信を聞いて、何かが以前あったのだと思った
郁子…女性の名前だ…
「多分…ありました。橘 郁子…旧姓神尾 郁子、一年戦争時に戦死しています」
神尾…?
ということは…
「くっ!?」
飛来する攻撃に思考が中断される
…何っ!
反撃とばかりに放ったフォトンライフルがあっさり避けられる
こいつ…違う!?
背後にサイコガンダムがまだいるというのに
まだ相手には侮れない質の戦力があったのだ
「へぇ…やるじゃない…」
「うー…あたらないよ」
地上に降り立った二機は、相対する相手にその強さを感じていた
明らかに他とは一線以上を超えた強さ
だが…
「でも、なんなのよ。この感情は…」
「あ、泣いて…る?」
ニュータイプでない名雪すら感じてしまうほどの周囲への感情の拡散
それは相手の機体がサイコミュ兵器を搭載し、
なおかつ…パイロットがそれを操作できることを示していた
「なんだか知らないけど、邪魔するなら…容赦しないわっ!」
「そうだよ〜」
二人は改めて目の前の機体、漆黒に色塗られたガンダムタイプを見据えた
無言で動いた機体の装甲を光が照らす
「うぐぅ、また避けたよ」
あゆが声を漏らすものの、だからといって光が曲がるわけでもない
「かといって…」
接近戦では避けられたところに何をされるかわかったものではないと考えるあゆ
「舞さんには応援は頼めないし…うんっ!」
ぱんっと頬を叩き、目の前の相手に集中するあゆ
「でも…どうして…?」
戦いながら、当然ながら感じる殺気の他にも
嘆きとでも言えそうなほどの悲しみが相手から伝わってくる
「…戦いたくないの?」
「…やる…」
一言が今の戦いを示していた
両手で持つ、大剣としか言いようのないビームブレードとでも言おうか、
それを構えて切りこんでくる相手を舞はそう評した
舞のオーラビームソードとかみ合い、光が相手の黒い装甲を照らす
だが、舞がその気になれば簡単に、とは言わないが
相手の剣を斬ることも不可能ではない。しかし…
(…どうして…泣くの?)
斬り合うたびに伝う相手の感情
それが舞に決定打を放てなくさせていた
『ふふ…彼女らも苦戦しているようだねえ?』
回線を三人だけの周波数に絞り、敬介はつぶやいた
『アンタ、どんな隠し玉持ってきたのよ? あの子らとあそこまで戦える
なんてそう簡単に用意できるはずないわ』
自分も追いつくために加速させながら由起子が画面の敬介をにらむ
『ふ、ちょっとね…ニュータイプってなんだろうね、二人とも』
「「!?」」
その言葉に、秋子と由起子は悟った
祐一達が今相手にしているのは…
『敬介さんっ!』
『敬介、アンタっ!!』
悲痛の叫びの秋子と怒りを隠さない由起子
『ご名答。試してみたいんだよ。ニュータイプがそこまで立派なものかね。
もっともニュータイプじゃなくても特殊能力者も…ね 』
敬介の言葉に二人は記憶の中にしまった事件へと意識を飛ばす
〜一年戦争末期〜
(あれは…そう、ソロモン近くの暗礁空域での作戦だったはずです)
いまだ秋子の心に住まう後悔
「郁子、行ったわよっ!」
「了解っ!」
閃光が走り、またザクがその中に消えていく
「作戦成功…だね」
囮になってザクを誘導していた敬介が秋子に近づく
「ええ、よかったです、成功して」
自分をねぎらってくれていると感じた秋子は敬介に声を返す
「謙遜しない、蒼の知将なんて呼ばれてるんだからさ」
「そうですよ。過剰の謙遜は逆効果ですよ?」
モニターで微笑むのは若き日の由起子に…郁子だった
(長い髪をノーマルスーツに押し込んで、
いつも脱ぎにくいともらしていましたね…)
「ともあれ、ほとんどいいかしらね?」
「…まった。次の命令だ」
内容は作戦を展開する次の宙域の調査だった
ソロモンにより近い、作戦が近いことを示していた
「じゃあすぐ行きましょうか。じっとしていても変わりませんし」
「そうですよね」
秋子も自分のMS、電子装置が豊富なそれを操作する
そのときだった
由起子の周囲の岩石が消し飛んでいったのは…
「なんだっ!?」
「敵襲かしらっ!?」
敬介と由起子が背中合わせに周囲を警戒する
秋子と郁子も岩石に身を隠す
どうやら相手には最初に攻撃が来た由起子しか見えていなかったようであると
相手からの射線を見て4人は考えた
同時に今はこちらが複数だとつかんでいるはずだが…とも
「…まさか…」
「秋子さんもそう思います?」
「ええ…」
郁子に苦い思いで言葉を返す秋子
「「赤い彗星」」
一瞬見えた機体はまさにうわさどおりのそれだった
「敬介さん、由起子さん、二人で秋子さんの防衛をお願いします。
そして、逃げてください。できるだけ速く」
三人は郁子の突然の告白に言葉を失う
「何言ってるんだ!? 置いていけと?」
結婚し、子供までつむいだ敬介が郁子を説得にあたる
「そうよ、4人のほうが生き残れるわ」
由起子も冷静を装って言いきる…が
「きゃあっ!?」
そんな由起子がとっさの回避も完全には間に合わずに隠れていた岩石ごと右腕を吹き飛ばされる
「…早くっ! …敬介さん、ありがとう。
あなたと出会って、愛し合って、観鈴と出会えたことは、
短い間だったけどそれまでの人生すべてより輝いてたと思う」
「郁子っ!?」
郁子の機体をつかもうと伸ばした敬介の機体のマニュピレータがむなしく虚空をつかむ
「4人でのおしゃべりはすっごく楽しかった。さよならっ!!!」
郁子の機体が岩石の向こうへと消え、激しい光が何本も伸びる
「…行くわよ…」
「見捨てるって言うのか!?」
「違うわよっ! なら、このままアンタも残って死ぬ?
郁子の…あの子の犠牲を意味ないものにする気!?」
「敬介さん…」
「…郁子…」
そして、辺りをMSの爆発による閃光が満たす
これだけの近距離だ。どんな相手でもしばらくは周囲の索敵ができなくなる
「…うぁぁぁあああああっっ!!」
泣き叫ぶ敬介の両脇を秋子と由起子が支え
二人は苦渋の表情のまま、その空域を後にした
そして…
「行方不明!?」
「そうだ。彼女は行方不明になってもらう」
報告を受ける上官の顔はどこか冷たいとそのとき敬介は思った
確かに戻ってきていない
だが敬介ですら受け入れるしかない状況だ
彼女が死んだということは
「未確認だが、君達の相手は赤い彗星だという。
決戦を前にしてエースである君達の一人でもやつの手で落ちたというのは
軍全体の戦意にかかわるのだよ」
敬介は怒りに言葉が出なかった
彼女は…郁子は死ぬことすら許されないのだ
「…失礼します…」
「敬介…」
「敬介さん…」
心配して敬介に近寄る二人
「すまない。しばらくは一人にさせてくれ」
(そして…戦争が終わると同時にどこかの研究所に出向したと聞いた…でも)
目の前の現実を見るなら、彼はそこで強化人間の研究をしていたのだった
郁子の戦死が認められたのは戦争が終結してしばらくのち…
だが、そんなことは彼のなぐさみにはならなかったということだ
「隠蔽…?」
「のようです。現水瀬秋子少将、小坂由起子、橘敬介、橘郁子の四名は
戦争末期のソロモン宙域を偵察中に敵と交戦、その際に
橘郁子があの赤い彗星と交戦し、撃破されたという話があります」
真正面からの相手と、サイコからの拡散ビーム砲を必死に回避しながらキャニーの報告に耳を向ける
「その後橘敬介はティターンズの元組織に入隊、ある研究に没頭していたようです」
「何をって聞くまでもないな…」
フォトンライフルを立て続けに撃ちこむが、
Gを無視したかのような急制動で漆黒の機体はそれを回避する
「だが…なんなんだ? さっきから感じるこの感情…」
なぜ…羨望が伝わってくる…?
特にサイコガンダムからは懐かしいともいえる、なじんだ感覚が伝わってくる
『ねえ二人とも、相手に負けるか勝つかわからない、
ちょうどいい相手ってどうやったら用意できると思う?
…簡単さ、それと同じ相手を持ってくればいい』
『それは…冒涜よ、敬介。アンタ、そこまで』
モニターに祐一のカノンをようやくとらえた由起子が敬介をにらむ
『聞こえる!? カノンのパイロットっ!』
「!? はいっ!」
突然の指名に驚く
『私がここは引き受けるわ。奥に行きなさい』
有無を言わせぬ、とはこのことだろう
「はいっ」
俺は圧倒され、答えを返してしまった
ブースターの光を爆発させて一気に奥へと向かう
「こいつを叩くにはどうすればいいと思う?」
「イレイスキャノンは除外するとして…来ますっ!」
全身からとも思える数の拡散ビーム砲があたりを光で染め上げる
ビットに反射されたものも含めた攻撃が次々とカノンを襲う
「くそ、きりがないな」
シールドではじくたびに伝ってくる相手の混沌とした感情
(殺してくれ…)
「え…ぐはっ」
唐突に伝わってきた声が俺の動きを止め、そこに周囲からのオールレンジ攻撃が突き刺さる
カノンをビームをはじいたさいの衝撃が襲う
「シールド出力低下っ! 一時的なものですが、しばらく回復できませんっ!」
(……そうか…相手は…)
「祐一さんっ!?」
俺が動かないことにあせったキャニーの声を聞きながら俺は深呼吸をする
「キャニー、T−LINKソード準備」
「あ、はいっ!」
はたからみれば周囲を追い詰めるために動いているように見えるビット達
だが…
「T−LINKシステムフルコンタクト…システム…Lウラヌス起動っ!」
あの重装甲を貫き、かつその後のことを考えればこれしかない…
相手は攻撃してこない
それは機会をうかがっているようにも取れる…理由は…
『手加減したと思わせないため』
「まったく…どこまでいっても…か」
自分がやられた後、他の連中の立場を考えているのだろう
思考を読み取ったかのように、サイコガンダムから光が生まれる
「行くぜっ! T−LINKソード出力最大っ! 川澄流表技、疾風っ!!」
叫ぶと同時に周囲が閃光で満たされる
だが、俺は唯一の空白、真正面を駆け抜ける
一瞬後、拡散ビームはカノンがいたはずの場所をまとめて通り過ぎ、俺は…
サイコガンダムのコックピット部分に刃を突き刺していた
「約束する。こんな世界が二度と生まれてこないように平和を…
そして、俺は、あいつらを悲しませない… 」
厚い装甲の向こうで相手が笑った気がした
「…砕っ!!!」
念動の刃だけが残っていたサイコガンダムのコックピット部分が
光とともに爆発する
…さようならだ…もう一人の…俺…
「こちらの損傷は軽微、問題ありません」
今はキャニーの静かな声が心に楽だった
「うぐぅ…あれは…キミは…」
サイコガンダムが祐一に撃破された瞬間、いっせいに隙ができた漆黒の機体達
あゆたちはおのおの、相手の隙を見逃さずに攻撃を加えていた
なぜか、それが相手のためだと全員が感じたのだ
『…終わってしまったようだね。やっぱり強化は強化…ということかな』
『もう、戻れないんですか?』
自嘲気味に笑う敬介に声をかける秋子
『無理だね、なんと言っても私自身も…もう、止まれない』
ティターンズの残りの部隊は撤退をはじめている
「カノン以外の機体の収容が完了しました」
「ご苦労様です」
秋子は報告にうなずき、通信をグレイファントムにつなぐ
「祐一さん、お願いしますね」
『はい。なんとかやってみます』
カノンだけは、更なる敵襲に備えて単機でブースターをつけて宇宙へとあがるのだ
モニターに次々と新しい顔が映る
みんな、秋子にとっては娘同然に大切な少女達
言葉は無い
出せば泣いてしまうから…
だから…
「いってらっしゃい…」
秋子の潤んだ声に全員がうなずいた
『ちょっと待ったー、秋子、私もこの子達と行くから』
あゆたちへの通信と入れ違いで声と一緒にメカニック達らしい騒いだ声が聞こえてくる
「由起子さん…」
『浩平たちにも会いたいし、なにより子供だけじゃ心配だもの。ここには私が集めてきた
戦力のみんなを置いていってあげるから安心して待ってなさい』
にこっとウィンクひとつを残し、由起子からの通信は切れた
「…ありがとうございます」
つぶやきは部屋に響く
だが、秋子は休んではいられない
彼らが帰ってくる家を、守っていなければならないのだから…
(必ず…)
「祐一さん、どうしたんですか?」
「いや、何でも無い。ブースターの点火を始めてくれ」
かすかな振動の後、先に上がっていくグレイファントムに追いすがるように
地上からカノンの光が伸びていく
(必ず…戦争を終わらせる…)
続く
次回予告
無事に宇宙へと到着したグレイファントム
新母艦を受領したという浩平達と合流するために移動する彼らの元に一報が入る
「機構は同じです。すぐに行けますっ!」
「浩平、タイミング合わせろよっ!」
「誰にもの言ってるっ!」
ついに手にされたゼロの武器がカノンの手によって真価を発揮する
光と人の意思が渦巻く中、合流する二部隊
次回カノン大戦α第三十話
〜閃光の走る中で〜
後書き
「二ヶ月という長い間、ゲームでは地上の様子は出ていませんでした。
ゲームに出ていない要素、キャラクター達で今後は動きたいと思います」
「そのうち弾がつきそうな戦力比なのはいつものことと言うことで(ぉ」